教育・女性をめぐる各種デマへの反論(回想録兼用)―3・西宮市教育委員会時代と松本龍氏(💁正式公開)
【更新履歴】
2021/06/06 22:53~2021/06/07 3:13下書段階で公開 :5:00微修正
2021/06/07 14:08 催眠状態での追記。追記箇所は紫。なお、今回の原稿は日本のフィクサーMEシリーズに近く、清書段階ではかなり手直しをするため、下書を見ても清書も是非ご覧を。
2021/06/16 6:05 (次回掲載の)🚺NMの項目などに一部付け加え。6:25更に追加。6:58更に一番最後の次々回(KG)の箇所に追記。7:20菅直人内閣支持率を添付
2021/06/16 19:12修正作業進行中 21:06 下書段階で案内を掲載予定。23:08部分修正・清書作業は継続。
2021/06/17 1:18 本日はグロック-のため、就寝し、起床後に再開予定
2021/06/17 14:15から(次々回などの)追記など。本文はこれからチェック。15:59大きな追記などをして、更に清書化進行中。
2021/06/17 17:13 大幅追記をして一新して正式公開。(ただし、既に記載したものは原則削除せず、煩雑でもそのまま残している。)17:32微修正。
2021/06/18 16:51次々回の箇所に追記、本日、橋本聖子突如登場と催眠誘導言動のため追記
教育・女性をめぐる各種デマへの反論(回想録兼用)―3・西宮市教育委員会時代と松本龍氏
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教育・女性をめぐる各種デマへの反論(回想録兼用)―2で、何故、松本龍氏の名前をだしたのか。
(兵庫県)西宮市教育委員会時代の電話の件は完全に忘却していた。
ところが、西宮市教育委員会と全く無関係なポリテクカレッジ岡山(倉敷市:当時雇用能力開発機構運営・労働省所管:現在の能開大中国)を辞職した後で少し、この西宮市教育委員会での悪戯(いたずら)電話の件を無理矢理思い出さされた。催眠や挑発などで。
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だが、それでもほとんど頭になかった。
問題が些細(ささい)すぎるため、当然、すぐ忘却をする。もっとも悪戯電話の被害を受けた人は些細ではないと怒るかもしれないが。
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そして、この件を完全に思い出さされたのがテレビから見た松本龍氏であった。もっとも、松本龍氏も、テレビから何かを言ったのではなく、西宮市教育委員会時代のT中学の生徒の真似(まね)を少ししたのを見て、それを契機に催眠で無理矢理思い出さされたのである。{サッカーボールを蹴ることを「いたずら:とは一切書いていないのに音声朗読ソフトを使うと「いたずらのまね」と朗読をする謎があった(今はない)。学校行事でサッカーボールを蹴ることはセレモニーであり、問題はない。}
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その前に、松本龍氏について記す。
松本龍(まつもと りゅう、1951年5月17日 – 2018年7月21日)氏は第15代環境大臣(在位2010年9月17日 – 2011年6月27日)、部落解放同盟副委員長などを歴任した人物である。重要なことを書き忘れていた。内閣府特命担当大臣(防災担当){2010年9月17日 2011年7月5日}でもある。即ち、防災大臣である。「防災」である。ここに一つの重要な意味がある。
とは言っても、もう大半の人が彼の名前を覚えていないであろう。
私も全く知らなかった。
私も彼(松本龍氏)の顔も名前も、菅直人内閣になるまで全く知らなかった。
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菅 直人(かん なおと、1946年10月10日 – )氏が、総理大臣(在位2010年6月8日 – 2011年9月2日)になったときに、私の救済依頼文書を書留送付してから、テレビを通して幾つかの諮問を受けている気になった。多分、気になったのではなく事実であろう。
この救済依頼文書は、最初は2000年に小渕恵三氏に送付し、それを修正したものを2004年に小泉純一郎氏に書留送付した。さらに手直ししたものを菅直人氏に送付した。
いずれも総理大臣のときである。同一のものは主要政党及び政府関係機関に送付している。延べ百部程度である。一部千円の書留のため、送料だけで10万円程度になる。
分量も本一冊分である。
菅直人氏には2004年版と2010年版と二度送付している。後者2011年2月7日送付である。
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反応はいずれもあった。
小渕恵三氏は私が書留を送付した、正にその日に緊急入院となった。忘れもしない2000年4月3日のことである。
小泉純一郎氏は、送付してから、テレビを通じて幾つかのことを相談してくるようになった。
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菅直人氏も同様であった。
もっとも菅直人氏とは早大大学院時代に縁があった。早大大学院時代に、修士論文の関係で、市川房枝氏にインタビューに行った。そのときの市川房枝氏の選挙参謀が菅直人氏であった。
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ただし、小渕恵三氏とも縁があった。小渕恵三氏の最終学歴は早大大学院政治学研究科である。私の先輩に当たる。学部と異なり、大学院生の数は文系は少ない。早大は多い方であるが、私のときでも一学年28人程度である。
他の大学院ならば一学年数人という学校が多い頃である。
小渕恵三氏の頃は更に少ないと思われる。その上、私のゼミ指導教授・内田満先生が自民党顧問であった関係で、小渕恵三氏と知り合いであったようである。
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さて、本題に戻そう。
菅直人氏に2010年版救済依頼文書を送付したのは2011年2月7日であるが、2004年版を2004年か2005年(書留のため日付は調べられるが今は漠然と2004年か2005年と記す)に送付しており、同時に小泉内閣のときの件は知っていたと思われ、菅直人内閣になるや幾つかの相談を受けていた。
その代表例が、尖閣漁船衝突時件(2010年9月7日の事件)である。
この件で、温家宝首相と菅直人総理の間に入った話は既に記している。ちなみに、この私の行動の頃に菅直人内閣の支持率が一気に上がる。{NHK世論調査。菅直人内閣支持率2010年8月41%が9月には65%となる。}
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【資料:2010年内閣支持率】クリックで拡大。
(出所)NHK文化放送研究所
https://www.nhk.or.jp/bunken/yoron/political/2010.html
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また、菅直人首相の経済政策のブレーン役を担う内閣府参与の小野善康大阪大学教授との対談(小宮悦子が司会をしていた番組で御対面)もあった。
こうした関係で、 2010年9月17日の菅直人内閣 (第1次改造:2010年(平成22年)9月17日から2011年(平成23年)1月14日まで続いた日本の内閣)では、好奇心から閣僚名簿に目を通していた。
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もっとも、民主党関係者との会談類は鳩山由紀夫内閣の頃からあったと思う。鳩山由紀夫氏とはなかったと思うが、幾人かの大臣などとの対談はあった。そこで、市川房枝氏との縁もあり、菅直人内閣の閣僚メンバーに目を通した。
しかし、改造前の菅直人内閣{2010年(平成22年)6月8日から2010年(平成22年)9月17日まで続いた菅直人内閣}では何も口をだしていないと思う。独り言すら言っていなかったと思う。
外務大臣・岡田克也、厚生労働大臣・長妻昭、法務大臣・千葉景子、国土交通大臣・前原誠司、官房長官・仙谷由人、…自民党政権時代から知っていた亀井静香氏も特任大臣、…適材適所にも思えた。後に、知り合いとなった野田佳彦氏も財務大臣、玄葉光一郎氏も大臣…と。
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同時に、まだ、この頃(2010年6月20頃)は尖閣漁船事件の菅直人氏の相談を受ける前でもあった。しかし、第一次改造内閣の頃(2010年9月頃)には尖閣漁船の件の相談らしきものを受けかけた頃ではなかろうか。さらに、改造内閣では「アレ」と思うことが目立ったため、菅直人総理への注文ではないが、家で独り言をいうことが多かった。
「岡田克也氏を外務大臣から外すのは…」。その前後に「いや、岡田克也氏は幹事長で必要なんだ」と天の声。それ以外にも千葉景子が姿を消し、更に長妻昭氏も閣外にでるという。「多少、官僚とトラブルがあっても長妻氏は…もったいない」などと言ったのではなかろうか。
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こうした「アレアレ」もあり、従来よりもより丁寧に閣僚人事に目を通した。単なる好奇心である。独り言は言っても注文はつけていない。
こうして閣僚人事に目を通しているときに、松本龍という名にでくわした。肩書に部落解放同盟副委員長か何かあったのではなかろうか。そこで、ひょっとすると松本英一氏の息子さんだろうか。詳細は覚えていないが、松本治一郎氏の孫だろうか…という単なる好奇心から経歴を簡単にしらべようとしたのではなかろうか。
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ともかく、第一次改造内閣の時に初めて、松本龍氏の名前を知ったのではないかと思う。
松本治一郎(まつもと じいちろう、1887年6月18日 – 1966年11月22日)氏の名前は高校時代から知っていた。その後の松本英一(1921年1月5日 – 1994年7月19日)氏は名前だけは聞いたことがあるが、顔は全く知らない。性格も政策も何も知らない。
松本英一氏の顔も人柄も何も全く知らないくらいであるから、松本龍氏に至っては名前すら全く知らなかったと思う。いつ知ったかと言えば、菅直人改造内閣のときからではないかと思う。
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松本龍氏がいつ国会議員になったのかも知らない。今(2021/06/07 1:30)調べて1990年と知った。所属政党(日本社会党)は菅直人第一次改造内閣頃から知ったのではなかろうか。社民党にもいたことは今(2021/06/07)知った所である。
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なお、今調べるとこのときではないが、菅直人第二次改造内閣{2011年(平成23年)1月14日から2011年(平成23年)9月2日まで続いた日本の内閣}では、幾つか閣僚の相談を受けたようにも思われるが、第一次改造内閣では相談は受けていないと思う。私の方も単なる独り言である。同時に、第一次改造内閣では、私の独り言は反映されていない。
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菅直人首相から閣僚問題で幾つか相談を受けたか、あるいは相談とまではいかぬが、何等(なんら)かの打診をうけたのは第二次改造内閣{2011年(平成23年)1月14日から2011年(平成23年)9月2日まで続いた日本の内閣}からと思う。
第二次改造内閣での閣僚人事には次の話もあった。
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具体的には第二次菅内閣では「法務大臣は誰にしようか」ときた。
そこで、私は言った。
「千葉景子の復帰か、江田五月さんだろう」、と。
すると江田五月(えだ さつき、1941年5月22日 – )氏が法務大臣(2011年1月14日 – 2011年9月2日)となった。
朝日新聞だったと思うが、「どうして今頃、江田五月氏か」と疑問の記事を書いていたような記憶がある。
それは私が言ったからである。若しくは菅直人氏の考えであり、その考えに正当性を付与するために、私に相談したのかもしれない。
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実際に、江田氏は弁護士(登録番号:15935)であり、元裁判官である。これほどの適任者はいないと思う。
それ以外の人事の相談を受けたかどうかは覚えていない。
与謝野馨さんの件でも幾つか発言をした覚えがある。与謝野さんには自民党時代から好感を持っており、私との関係は(亡くなられるまで)終始良好であった。しかし、与謝野さんが自民党から立候補し、比例復活当選のため、民主党の大臣になる際には議員辞職し、自民党に議席をお返しした方がよいのではないかという話をした。
議員でなくても大臣にはなれる。大臣になった後で、選挙に無所属ででて、民主党推薦ならば当選はできると思うし、最悪でも比例復活という手もある。竹中平蔵氏も同様であったはずである。この話は後日どこかでしよう。
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しかし、第二次改造内閣と異なり、第一次改造内閣では、相談も受けていないし、私の意見も言っていないが、尖閣漁船事件問題の関係や、「岡田克也氏外相を外れる」や「長妻氏厚労相はずれる」や「千葉景子法務大臣を外れる」などアレアレもあり、菅内閣発足時と異なり、家で独り言がてらにすきなことを喋(しゃべ)る時間が長くなっていた。
ともかく、こうしたのりで、第一次改造内閣の閣僚に目を通していたときに、松本龍氏の名前があり、先に述べたように、ひょっとすると松本英一氏か松本治一郎氏を連想して、何げなしにインタネットで両者の関係を調べたのではなかろうか。
そのときに気になることがあった。
気になることとは、私個人にとってではない。菅内閣にとってである。
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菅内閣との人間のよしみから気になった話である。同時に国家の情報管理の問題という、党派問題抜きでの視点からである。再度言えば、私個人との関係ではない。第一、それまで名前も何も一切知らない人なのだから。
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(関連として以下参考。特に(二)―5―4参照)
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日本のフィクサーME・続編メモ:(二)―5―3・謀略の深化、そして八鹿高校事件とマスコミ報道の義務
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15655
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日本のフィクサーME・続編メモ:(二)―5―4・謀略の深化、反社会的勢力と国家機密問題、そして民進党との対立疑惑誘導
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15668
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政経関連:自己意思に反する言動と行為、特にME続編メモ・反社会的勢力と国家機密問題記述内容を突如変更された経緯。
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15853
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そこで、家で独り言か何かを言ったのではなかろうか。
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反社会的勢力…との血縁や親戚関係があっても、それは本人の責任ではないし、それ自体は問題はない。しかし、閣僚となると国家情報問題がある。そこで、選択肢は三つしかない、と。
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一つ目は冠婚葬祭類は閣僚の間だけはしない。
二つ目は該当者が反社会的勢力から脱すればよい。
三つ目は両方不可能ならば、閣僚を辞退する。
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一番目は誰にとっても一番良い方法である。
例えば、冠婚葬祭があったときに、行けばマスコミが騒ぎ、松本龍氏も菅直人内閣にもダメージがある。
行かなければ、不義理と言われ(「お前、大臣になったとたんに薄情になったのか…」と言われる可能性もあり)、松本氏自身が困る。
そこで、一番目を実行する場合には、松本氏が事前に相談を…とすることになる。
…氏が「義理というものを考えろ、なるな」と言えば大臣にならなければよい。
…氏が「いや、冠婚葬祭を大臣の間だけしないというのはそれでもよいので大臣になれ」と言えば、大臣になればよい。万一、そのときに冠婚葬祭類があり、不義理をして誰かが何かを言っても、…が「いや、それは私が承知していたことだ」で話は済む。
そこで、どの角度から言っても、それが誰にとっても一番よいことであった。
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冠婚葬祭にいけばマスコミが騒ぐのみか、ときには…でなくても、誰かが何か工作をして国家情報が漏れないとも限らない(国家情報は海外大使館にもっていけば高く売れ、大変な資金源になるのみか、情報自体に価値があるときもある)。いや、やはり、その前にマスコミが騒ぐ。
2020年から2021年を考えても分かろう。
今(2021/06/17頃)、彼が現職の大臣だったならば、~と。
だが、その頃、他の人に関して本当か嘘(うそ)か分からぬ情報が山ほど私のパソコンに入り、結局、松本龍氏に関してもデマ情報が私のパソコンめがけて入っている疑惑もあり、誤情報が山積し、菅直人総理大臣宛には、結局何も言わずじまいで終わった。
そこで、この件は「無」である。
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(※2021/06/07 13:47追記。
ここは左時間に催眠誘導でかかされたもの。2021/06/16に誤字脱字のみ修正。)
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松本龍氏に関して、私に入ってきた情報では、菅内閣にダメージを与える危険が三点あった。いずれも部落解放同盟とは無関係である。
書いてよいならば書こう。
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一番目は、誤情報かもしれぬことを先に断っておく。〈特に反社会的勢力問題は何が事実か不明と途中でなっていった。〉
二番目は、談合、入札停止、謎の死亡、銃弾事件、筆頭株主→これはいずれも部落解放同盟とは無関係である。同時に、二点目は反社会的勢力問題とも無関係である。通常のゼネコンの話である。何かはマスコミが書くことが望ましい。
三番目は良い悪いは別として、福岡空港地代問題…である。
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同時に、誤情報かもしれない。なお、本日、また郵便局などで外出するため、催眠警戒情報を起きるや出そうと考えると、先手を打たれて、起床と同時に催眠独り言で上記なども喋(しゃべ)らされた。催眠誘導での記述である。
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また、菅直人内閣で人事での感想も本日喋らされたためそれも公開する。第一次改造内閣では外務大臣は岡田さんは無理か、「幹事長…で無理」。前原氏は大変有能であるが菅内閣で外務大臣になれば揉(も)める可能性が…。長妻氏の厚労大臣はやはり無理なのか。もったいない。…その一貫で松本龍氏の件を触れたにすぎない。
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菅直人内閣に良かれと思い言っただけである。特に問題としていたのが、前原氏は国土交通大臣か厚労大臣などは良いが、外務大臣では総理…との意見調整が難しい。理由はナショナリズムが強いため、菅直人内閣の外交方針で揉(も)める…と。ともかく、外務大臣のポストは…と、むしろ、この問題が一番気掛かりであった。少なくとも、菅直人、温家宝合意…ではどうなるだろうか、と。
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第二次改造内閣では、好感を持っていた与謝野馨氏入閣は問題ないが、議席を自民党にお返しして議員辞職してからなった方が筋が通るのではないか。というのも与謝野さんは、自民党の比例復活での当選だったからである。この話は拙著『日本のフィクサーME』(Kindle、KOBO各百円)で公開している。
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さらに、法務大臣は千葉景子か江田五月さん、などなどである。言った内容は全てガラス張り公開とするが、可能な限り、5%から10%ほど故意に嘘(うそ)をいれた「日本のフィクサーME」シリーズの方が良いと思っている。書かねばならぬ原稿が山積しており、順番待ちである。
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ということで、松本龍氏の件は、私にすれば小さな話であり、気に留めていなかったのであるが、我が家界隈(かいわい)で挑発が多いため、やむを得ず記述している。なぜ、やむを得ないかといえば、世界の読者、世界の指導者は松本龍氏に関心がないからである。私が書かねば、彼の名前などもう誰も知らぬ。ということで、私の起業の一つ出版でも、書いても時間の無駄という意識が常にある。多分、事実である。多分抜きで事実である。
しかし、私との関連で世界も気にするならばCNN、BBC、DW、France24、新華社通信、…韓国国営放送などが直(じか)に調べれば分かるであろう。そうそうSputnikもついでにこれらを調べてみては。勿論(もちろん)ABC…も。海外は松本龍氏に関しては私との絡み抜きでは誰も一切注意を払わない。全く、今回の件と無関係な部落解放同盟のことも海外ではほとんど誰も何もしらない。
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以上、2021/06/07 14:06 追記部分(早朝より催眠状態で…)、2021/06/17 15:20、〈 〉のみ挿入。同時に誤字脱字の修正程度を行う。
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(2021/06/17 15:55追記部分)
2021/06/17調べるともう当時の情報は完璧に近くなくなっているが、二点目の一部は丁寧な書き方(報道上紳士的とも思える書き方)で以下にあるため、完全な誤情報ではなかったかもしれない。
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「福岡の大富豪」松本環境相の泣き所
家業の地元ゼネコン「松本組」のトップに逮捕歴のある元談合の仕切り屋。コンプライアンスはどうなっているのか。
2011年4月号 POLITICS
https://facta.co.jp/article/201104026.html
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当時は、上記の比ではない生々しい情報が私のパソコンに膨大に飛び込んできた。しかし、こうしたことがあれば真っ先に報道する赤旗が特に何も書いていないこともあり、誤情報かとも思った。もっとも、赤旗本紙は既に書いたように40年ほど購読しておらず、69年の生涯で購読したのは5年余りである。そこで、ここで(2010年頃)チェックした際の赤旗とはインタネットの赤旗Digital(無料見本)版や共産党のHP類を指す。自民党や立憲民主党、若しくは公明党の諸君(特に国会議員)は私と違い金があり、赤旗本紙そのものを購読している人が多いと思うので彼らに内容をきいてほしい。
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民間新聞は各種タブーで書かないことが多いが、赤旗は書くだろうと思ったのであるが、見かけた記憶がない。そこで実際に私が入手した情報には誤情報が一部あったかもしれないが、菅直人総理に進言していないため問題はない。
勿論、私もインタネット類でも今回掲載の上記の記事程度も書いていない。
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一番目の反社会的勢力問題については、私はノーコメントであるが、各種SNSや本年夏のテレビや新聞を丁寧にみれば何か分かるかもしれないとしか、現時点でも書かないことにする。家族の問題のみか、私自身は松本龍氏に個人的恨みはないこともある。
降りかかった火の粉の一部のみ払わねばならず、やむを得ず、今回も記載・掲載しているにすぎない。
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1969年~70年の部落解放運動の分裂は、多くの解放運動に携わっている平の運動家は、自分の主義主張よりも、各県連・支部ごと揃(そろ)っての分裂であり、双方恨みのない人でも、自分が属している団体の言うことを結論ありきで双方信じ、対立が深化したように思う。
戦争でも同様なことが多い。兵士自身は何の恨みもなくても…戦となる。
それもあり、松本龍氏に個人的恨みはない。
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さらに、私は40年近く、党派中立・宗派中立である。40年ほど前に岡山市の食堂で出会った岡映氏(分裂前の解放同盟副委員長、後の部落解放同盟正常化連議長、全国部落解放連合会初代会長)とは食道のママさんの「教育相談」相手として紹介され、単なる数度食事を一緒させていただいた食事上の友にすぎない。
人間的には立派な人に見受けられたが、私は高校・大学時代や大学院時代と異なり、党派中立・宗派中立に移行している。
会話内容はママさんなどが大半聞いている。
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既に下書公開していた本文に戻る。
勿論、松本龍氏自身に問題はない。その前に菅直人内閣まで、対談どころか、性格も、顔も名前も知らぬ人である。
しかし、私の独り言も彼に通じるはずがないのであるが。
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この独り言の後で、仙谷由人氏が登場し、「松本君は君が思っているのとは違い」、「おとなしい」のだか、それに該当することを言った。
私は松本龍氏の顔も名前も性格も一切知らなかった。いつ議員になったかも全く知らない。所属政党の経歴も知らない。もっとも松本英一氏は日本社会党議員ということは知っていた。
なお、部落解放同盟の問題は全く無関係である。
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先の江田五月氏も(私が食堂で紹介された岡映氏[全国部落解放連合会]と対立関係にあった)岡山県の部落解放同盟(中央本部関係){現在の名称は「部落解放同盟岡山県連合会」であろうか。詳細は知らない}との付き合いがあることは相当前から知っている。しかし、江田五月氏を菅直人内閣の法務大臣に推薦している。よって、部落解放運動を巡る対立問題とは全く無関係である。
第一、私は党派中立・宗派中立を貫いてもう40年近くとなる。
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仙石氏から松本氏に上記の話が伝わったのだろうか。それまでは彼も私のことは何も知るまい。同時に、松本龍氏からの挑発めいたことは一切なかったと思う。
ところが、彼が内閣府特命担当大臣(復興大臣:2011年6月27日任)を担当しだした頃から一気に変わる。この時点から環境大臣よりも防災大臣というイメージを出しだすと同時に、突如、挑発めいたことをしたように思えた。
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具体的には西宮市教育委員会時代のT中学の件を連想させられたのである。正確には、今考えると松本氏には問題はなかったのであるが、彼がサッカーボールを蹴ったのを契機に催眠による一方的な怒りが起こる。
催眠で突如、西宮教育委員会時代の件{T中学の悪戯(いたずら)電話の件}などで彼が何かデマを飛ばしたと思わされたのである。
彼はただ単にサッカーボールを蹴っただけであり、何も問題はなかったのである。
しかし、催眠で怒り心頭にさせられた。
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そこで、テレビに向かい、彼に抗議をした。
言った内容は下記ではなかろうか。
「現職の大臣が、テレビをつかってデマを流すとは何事であるか。公共放送のみならず、アクセス権問題で、デマを飛ばされた私はどのように反論したらよいのか。私がテレビに向かって抗議しても、それが相手に伝わるかどうかすら不明である。テレビから言っていることは私のみか全員が視聴する。
私が言っていることはときにはテレビの向こうの人に伝わる。ときには一切伝わらない。伝わったかどうかすら分からない。
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T中学では私は担当していた中一にも、時折参加していた中三にも人気があった。それをその逆のようにテレビで、税金で食っている現職の大臣が言うとは卑劣ではないか。
しかも、私は議員ではなく、民間人である。
現職の大臣が一民間人の件をテレビで言ったならばこれは大問題ではないか。しかも嘘(うそ)の内容を…。責任を取ってもらわねばならない」というような内容ではなかろうか。
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テレビ番組は「TVタックル」であったと思うため、出演者に確認すれば分かろう。確か、小池晃氏もゲスト出演していたような記憶がある。
ただし、先の冠婚葬祭の箇所で書いた…などは一切触れていないし、T中学の悪戯電話の件などの解説もしていない。そこで、番組登場者は何故(なぜ)私が怒っているかサッパリ分からなかったと思う。
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第一、怒っている私ですら、何故突然怒っているのかサッパリ分からない。これが催眠というものである。催眠で怒るようにセットされていたのである。
同時に、彼がサッカーボールを蹴ったときに、西宮市教育委員会のT中学の件を思い出さされたのも、そのように催眠でセットされていたのである。
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ちなみに、T中学の運動会でサッカー部の生徒が観客の方にサッカーボールを蹴っていたが、学校が許可しているならば問題は一切ない。元気がよくてよろしいでしかない。
運動会は授業の一環であり、学校が許可した行為ならば別に問題はない。
実際にプロサッカーの如(ごと)き強烈なシュートではなく、松本龍氏がやったサッカーボール蹴りと余り変わらない程度である。
西宮市教育委員会時代ですら、そのサッカーボール蹴りを見て、特に何も思っていなかった事項である。覚えているのが不思議なくらいである。当時ですら一切問題行為とは認識していなかった。
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当時、問題行為と認識していないことを突如思い出さされたのも催眠であろう。その件はどうでもよいことである。第一、そのサッカー部に当時の西宮市教育委員会で担当していた校外学級の生徒がいたのかどうかも知らない。少なくとも今、一切知らない。よって何のことかさっぱり分からないが、催眠で突如連想させられたのであろう。
本来、運動会のサッカーボールの件も忘却しているはずであり、実際忘却していたのではなかろうか。それを催眠で無理矢理連想させられたのであろう。
何の問題もない話である。
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大変、気分よく、食事をしていたのが、突如催眠で一変。更に、行動が全く違った例。下記二例以外にも膨大な事例がある。私のブログ類でも随所に収録をしている。
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【🇺🇸🇰🇷米韓首脳会談でのMEへの謀略疑惑】5月26日長福寺にて、食事に絡らむコメント当初予定と催眠後(🇺🇸米韓首脳会談食事)の変化
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=32297
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類似例
気が向けば一言【催眠】№249・催眠Before と After事例2021/06/14:米露首脳会談と田中正造写真
http://h-takamasa.com/Blog-2/a-01/news/1579/
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ただ、今書いていて気になることがある。彼が環境大臣を強調していたときにはさほどか全く私への挑発類はなかった記憶がある。ところが彼が復興大臣も兼任するや、防災大臣のイメージが環境大臣のイメージよりも強くなり、突如挑発の気配か、若しくは上記の催眠のオンパレードとなったのである。防災の権威に浜田のつく人と同姓同名の人は我が村にはいるが、我が家とは全く無縁である。我が家の人物ではない。人間違いである。家間違いである。
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現時点での記憶では、彼が防災兼任するまでは何一つ挑発類はなかった記憶がある。ともかく、上記の後で例の件で彼は辞任をする。
最後に、松本龍氏が高校時代から部落研活動をしていたならば、私は彼と1968年に全国高校生部落問題研究集会・岡山大会で出会っているはずである。私が高校一年生で、彼が高校二年生である。なお、彼が環境大臣のときに、水俣病問題完全解決をしてくれること(疑わしいは全て水俣病とし全面賠償・救済することだけが解決の唯一の道、その実行)だけを願ったが、願いは届かなかったようである。毎年、慰霊に行くだけでは話にならない。全面救済だけが重要である。
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その後は違う。
(ここは清書段階で消去検討)私は長期貧困のど真ん中、(後に知ったが)彼は議員・大臣の給料、松本組の筆頭株主という噂(うわさ)もあり配当金など、更に福岡空港の地代と大金持ちである。こうした僻(ひが)みは書くべきではないので消去しようか。だが僻(ひが)み類で菅直人内閣で気にしたのではない。
菅直人内閣や菅直人氏の支持率急落事態が起こったり、国家情報が漏れたりすれば、一大事となり、民主党がお陀仏(だぶつ)となるという、当時のよしみで心配して言っただけである。私は松本龍氏には何の恨みも怒りもなかった。
▽
この件では、菅直人元総理が必要ときには正式声明かコメントを出すべきと考えている。特に、私の長期の被害と関係している場合には、菅直人元総理が毅然(きぜん)たる態度をとるかどうか、同時に世の正義に照らして行動や言動することは、人間としての試金石である。
▽
▽
今回、記述して分かったが、「防災」「コンクリート」…が強調されている。人間違い。家間違い。お終(しま)い。
家間違い・人間違いと催眠での騒動が、私と彼の一件である。
再度お終(しま)い。
▽
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【参考】防災の権威(東大名誉教授)の名前はややこしいので伏せる。各人で検索して調べればよい。私とか我が家とは全く無関係であるが、何か分かるかもしれない。
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■■●●1902年(明治35年)3月 – 1974年(昭和49年)12月)は、日本の建築材料学者・建築防災学者。大阪生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学、東京理科大学教授として、コンクリート草創期のJIS制定や、日本コンクリート会議の設立をはかった。また科学的防火・避雅の問題に取り組み、都市の防火体制の確立とともに内装材制限の法制化に尽力。
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▽
後に登場の駿台🚺工作者YKの名字が、奇(く)しくも、それを暗示していた。(次に述べる駿台職員🚺NMの次に登場する人物。もっとも、駿台登場は同一時期である。)
彼女の名字(旧姓)を調べれば何かわかろう。出身高校を調べれば更に本質が分かろう。世界の指導者は既に知っている。
■
▽
2015年頃から戸籍が強調される謎。
部落問題絡みを臭わされる謎。
部落問題に関しては単に以下の語呂合わせ以外には見当がつかない。
語呂合わせとは1122に絡めてである。
松本治一郎氏が死亡したのが11月22日。
八鹿高校事件が11月22日。
橋のない川の映画監督・今井正が死んだのが11月22日。
同時にそれは私の責任では一切ない。
▽
それ以外は心当たりがない。
後は人間違い以外の回答は思いつかない。
映画説で、X類が、映画首謀者の罠にかかったと思わされている。どういう罠か、何の目的か…は当然、私に分かるはずがない。
「ちんぷんかんぷん」状態が40年近く続いている。本当に「ちんぷんかんぷん」である。
ただし、全貌が分かれば国内外の消費者は必ず動くであろう。過去、例外はない。
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(2021/06/17 17:08追記)
党派中立・宗派中立といいながら、民主党に偏(かたよ)りしているではないか。
それは違う。
私はシンクロナイズの井村雅代コーチと同様である。
彼女が日本チームのコーチのときには日本チームのために必死でやる。だが、中国チームのコーチのときには中国チームのために必死でやった。そして、再度日本に戻れば、日本チームのために必死でやる。
▽
私も同様である。
党派中立・宗派中立宣言をしているが、私の人権救済依頼を全政党にしている関係で、私ができることで・できる条件があれば、そのバーターで相談に乗ることがある。
人事の相談の最初は、土井たか子氏であった。
それに小泉総理のときには、大臣人事どころか、「次の総理は誰にしようか」(総理人事)と彼が行ってきたことは紹介した。
私は主義主張を抜きで、「小泉純一郎氏は剛速球、安倍晋三氏も速球派。すると小泉さんに比べて安倍氏の球が遅く見え、ボロボロに叩(たた)かれる。そこで次は、変化球派の福田康夫氏がよい。どうしても安倍氏に固執するならば、福田氏の後の方がよい」とアドバイスをしている。
▽
しかし、小泉さんは「総理はなろうとしていつでもなれるものではない」と言って、安倍氏にした。
それで良かったのかもしれない。そこで安倍氏はボロボロになった。私の言動を参考にしていれば、鷹派・小泉氏の後は鳩派・福田氏となり、対中問題も大きく転換していたであろう。さらに、年金問題も福田総理のときに片がつき、その後で第一次安倍政権となれば短期にならなかったかもしれない。更に、民主党政権誕生もどうなっていたか不明である。
だから、私のアドバイスを聞かなくてよかったのかもしれない。
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これらは全て情報公開している。ただし、5~10%嘘(うそ)を入れた『日本のフィクサーME』シリーズで行っている。今回の原稿も同シリーズにすべきであった。
▽
それ以外にも小泉さんの相談に乗った話は『日本のフィクサーME』に掲載している。
それでは私の信念は?「そこで、対人関係上ややこしい郵政改革」は真っ先にノーコメントを宣言し、それを実行した。
更に憲法改正問題は、双方の出具合から、即座に棚上げした。
▽
それ以外は聞くこともあり、激論もあり…である。詳細は拙著『日本のフィクサーME』(Kindle、KOBO各百円で発売中)を参照してもらいたい。
▽
▽
(蛇足)
最後に蛇足を記す。
上記の本日の追記を読めば分かるように、「松本龍」氏の話などする暇がないどころか、彼のことを書けば読者は増えない。何故ならば世界は「松本龍」の名前を知らないし、興味をもたないのだから。日本でも同様に近い。そこで、私も起業や商売上、書きたくないのであるが、駿台やその他のトラブルと同様に、降りかかった火の粉を払わざるを得ないため、やむを得ず書いているだけである。
▽
老後破綻対策を考えると、松本龍氏のことを書くのは、読者大幅増から外れるため頭が痛いのが本音である。
■
■■(今回は上記まで予定)
◇―4・映画説類謀略の疑惑―駿台🚺NMの件(工作疑惑と催眠)。
職場に行くや、揉めて面白おかしくするための小細工を最初にやられる。
T中学→上記の件
真備高校→女生徒の一部などに、私に無断で、T先生が私の件で叱った謎(求め続けて参照)。
…
駿台→河の鯉幟写真を何度拒否しても撮影させられた如く、🚺NMに無理矢理熱をあげさせられた謎(催眠熱)熱は1984年冬から開始。何度もノーと拒否したが、1984年9月についに手紙渡し。同時に🚺NMや(多分🚺YK)が1983年夏頃から私を彼女らにふりむける工作開始していた謎。ただし🚺YK登場はいつか不明。1984年10月頃から顔を名前を知る。それ以前は(多分1983年か84年前半頃に)世界史のNI氏(後の同志社大学教授)が「浜田先生、二号館にはおもしろい職員がいますよ…少林寺拳法か合気道…で有段者の女性がいる。」と何度か言っていたが無視。
▽
駿台では🚺NM熱を何が何でもあげさせる工作があった。最後は催眠。それもしつこい催眠。何度も拒否しても川の鯉登り撮影同様に不可能であった。
(容姿が私好みではない。生き方が違うとしか思えず。性格は不明も良妻賢母型で、私は社会に関心のある🚺に当時は憧れ派。催眠あるまでは。可能な限り共稼ぎ志向も違うよう。更に付き合う手段もない。そこで催眠あっても何度も拒否。最初の催眠熱が1984年1月か2月、拒否し続けること、実に9か月。最後はもう拒否不可能状態の激しい催眠。その間の証拠は多数あり。)
何故、🚺NMでなければならなかったのであろうか。
▽
催眠かける人間は私の好みの顔も知っていた。
1985年春に、好みの顔の女性に、🚺NM同様に怯える真似をさせていた。口も聞いたことがないのに。この件は🚺YKに相談したことがある。
すると、何故、後者ではなく、無理矢理🚺NMに熱をあげさせたのかという疑問がある。
▽
🚺NMは工作者で、誰かに頼まれ…であろう。だが誰が何の為にであろうか。
▽
以下 2021/06/16 5:49記述
(証人類)
🚺NM熱が催眠型の実証の一部。
高校生コースの政経受講者(一九八三年度)
真備高校の教師の先生(1984年初頭)
見合いをして池田動物園に行った人。(1984年夏)
水俣で出会った女性(1983年夏)
1985年度の②号館受付🚺。(🚺NMと類似の真似。ちなみに口も聞いたことがない🚺。合計会話時間ゼロ秒)
🚺NM自身。
催眠かけた人物。
▽
状況証拠。
数年で三十人近く出現の不可解さ。
山の頂上でも、食堂でも…の不可思議さ。
🚺NMのみで、三度攻撃。一度目1983年夏頃から1984年冬頃。二度目1984年後半(🚺NMのみか、既婚女性のはずの🚺KM他)、三度目1985年4~5月頃の🚺NM。三度目のみを通常の人は知っているが、一度目と二度目があった。私が手紙は1984年秋。すると順番が逆となる。
▽
印象操作
2021年「赤」強調。岡山県赤磐市の▽▽。ちなみに▽▽の旧姓は駿台理事長と同姓。=駿台京都校。
駿台大阪校=「赤」は赤木俊夫。赤木俊夫氏 倉敷市生まれ=ポリテクカレッジ岡山の所在地。関連地→森友学園=豊中市=駿台大阪校所在地。
ただし、印象操作は何の意味もない。しかし、この印象操作を世界の要人やスパイ網類がヒントだしでしていたならば、証拠にはならずとも、全貌は明白である。世界のスパイ網が世界の指導者の何人かは既に真実や全貌の一部を知っているとなる。
▽
上記は語呂ではなく、世界のリーダーなどによる、私へのヒントの可能性が高い。
流れ
序:合同見合いなどで、色目詐欺。高校時代の同級生女性の妹も同様で、同級生がクスクス笑っていた。ここで駿台女性の気のある振り詐欺手口をみさせられていた。
1期1983年~1984年秋。
1983年度になると、🚺NM、🚺GT、多分🚺YKなどが入社。駿台🚺美人英語講師もこの年に戻ってくるという形で初めて登場。
1983年夏頃、駿台🚺NMは合わぬ(生き方が違う)と判断で全く興味なしに。容姿は元来、私好みに非ず。そこで逆に簡単に話かけられる感じがした。大した話はしていないが。
1983年夏、水俣🚺との出会い。その直後から、若しくはそれを確認したというが如く、🚺NMの工作開始(完全な合法の形で)。駿台内で赤ちゃんをあやしたり…と。
1984年冬高校生コースの子と🚺NMの火花。
高校生コースの🚺と🚺NMの(どちらに🤡が関心をもつかという)競争があったよう。
▽
1984年春~1984年夏。催眠熱開始。当時、催眠という存在知らず、何故、私が🚺NMに熱か不思議でかなわず。この期の🚺NMの行動は全く覚えておらず。
▽
2期1984年秋~1985年前半。
🚺NMの極度の怯え振り。かなり悪質な行為が起きる。
上司の(ウジウジ)🚺KMも誰かに頼まれたか、映画狂のFJ先生の言葉では好きな振りゲームに参加したよう。
🤡は玩具かと😡。なお、FJ先生は映画狂。この頃に映画サークルに該当するものをしていた関学先輩にも会ったのではなかろうか。
おじょう(🛵)登場。
■
3期1985年春から1985年夏頃。
🚺NMの怯えを、一度も口をきいたことのない二号館受付🚺が開始する。容姿のみならば、この🚺が好みに近いかもしれない。だが全く意識はなかった。ところが、この🚺が🚺NMの怯えの真似を開始する。恰も🚺NMの演技の種明かしの如しであった。この🚺は1985年入社と思うが前年かもしれず。名前も知らない。二号館受付としては1985年。
多少気も散るし、困るので、🚺GTに頼み、通常にするよう依頼する。これでこの🚺は通常に戻る。同様の形で前年一号館で🚺KMに、🚺NMの怯えゲーム辞めるよう頼むと逆にひどくなり、同時に🚺KMも好きな振りゲームに参加であったが、二号館では収まった。🚺NMの怯えの種明かしをしたのであろう。
二号館🚺YK、三号館🚺GT、一号館🚺NM、それに面白半分に二号館KDも参加で同様のゲーム開始。そこに🚺美人英語講師も介入型見学(ただし、具体的な私への危害はなかったと思う。裏では不明も。)
(ここまで揃うと、駿台の幹部も計画を知っていたとなる。若しくは、山﨑理事長、上記ゲーム公認疑惑も。後に、🚺NMの詐欺よりも、指示は山崎…という、岡山の某事件での暗示あり。)要するに駿台幹部は全てを、私よりも先に知っていたよう。
また、教え子の一部も同様なことをしていたようであったが、当時はまさかで精錬潔白な形で対応。駿台辞職して何年もした後で気づく。教え子の方は駿台をでてもう大学に通っていたが、それでもまだ何度も私に会いにきていたもの。駿台🚺よりも、感じはよかったが、当時は教え子は🚺としてみない習慣があった。年は🚺NMなどと2~3才しか違わないのに。実際に食事等もしたが、「まさか」であり、全く異性的な感情を持たず。こちらは、駿台🚺と異なり一対一の食事や文通その他長期ある。感じも良かったが、教え子が私の授業などに関心を持ち、駿台をでて大学に行ってもきてくれていると思っていた。実際にそれだけかもしれないが、駿台辞職した後で、「ひょっとしたら」と思ったが後の祭りである。
岡山でも同様。
その話も👧回想でしよう。👧回想には駿台職員🚺は一切登場しない。
駿台🚺の一部は犯罪者である。巧妙な手段での好きな振り詐欺などである。その手口は後に考えれば(序)で事前に見せられていた。
駿台職員🚺は単に業務妨害、好きな振り詐欺の犯罪者としての認識しかない。同時に実態は何もない。誰かの指示により動いたがのであろう。
指示した候補は三種ある。
一つがXグループ。
二つ目が私の亡き長姉などのグループ。長姉が死んだのは嘘で、今でも生きていると感じることが多いし、実際に姉の声を聞いたこともある。映画説グループである。
三つ目が駿台幹部の一部である。(印象操作では理事長を…も)三つ目は一番か二番目のどちらか、若しくは両方から依頼された可能性が高い。
なお、一番目のグループは二番目のグループの罠にかかった可能性が高い。勿論、私は三者全部の被害者であり、一切関係がない。
一番目のグループの動機は、現時点では人間違いから私に関与してきたようである。二番目のグループはそれをしっていた可能性が高い。
なお、🚺人は、現時点では一番目のグループ、もしくは三番目のグループに指示された者と、二番目のグループに指示されたものの両方がいたようである。
🚺NMの怯えゲーム(完璧な業務妨害)の種明かしをした🚺は二番目か三番目に依頼され、🚺NMの演技を暴露したのであろう。🚺NMの見事な真似であった。
▽
二番目のグループは随所で一番目のグループの手口の種明かしをしていたようである。
■
Ⅳ期。
1985年夏から、駿台🚺は一切顔もみないようにする方針をだし、徹底する。
1986年大阪校に移動。膨大な🚺が駿台型で登場。同時に、岡山の予備校で駿台🚺と相似形で同一事項が起こる。こちらも催眠熱などを利用される。
🚺YDと🚺TKである。なお、こちらも催眠熱の前に職員の一部はこうなることを事前に知っていたようである。ここまでは映画説である。
ただし、駿台大阪校では授業妨害が本格化する。
1988年1月駿台辞職と同時に🚺は全て姿を消す。同時に、私を慕う教え子も原則として全て姿を消す。1988年1月を持ち、事実上授業屋稼業は完璧に打ち止めとされた。もっとも、1984年の終わりから授業は🚺の妨害などで後退に入る。
▽
なお、駿台辞職するや、即、女優西田ひかるがデビューし、催眠熱の種明かしに入る。西田ひかる熱は催眠であったが、実に7年以上続いた。よって、🚺NM熱などが1年余り続くのは催眠類では朝飯前であろう。しかも、🚺NM熱は駿台出講のときだけであり、夏休み・冬休み・春休み中はほとんど熱はなかった。更に大阪校異動と同時に催眠解除で、もはや何一つ思うことはなくなった。催眠類とはそういうものである。一、二の三で消える。
■
■
テレビ外で見る🚺は事実上1988年1月を持ち完全終了した。後は「日本のフィクサーME」シリーズのオジョウ登場まで存在しないとなる。西田熱消滅とオジョウとが反比例で現れる。
なお、1996年か97年にホテル関西で🚺NMにそっくりというよりも本物に出会ったのではないかとおもう。怒り心頭であったが、大人げないため無視し、遠方で怒り狂った。
ただし、顔をじっくり見るのも気分が悪く、丁寧にチェックはしていない。犯罪者に対しては当然の心理である。
▽
なお、お嬢の寺では🚺YKを連想させられたが、一切顔も確認せず、撮影に没頭した。客観的には犯罪者としてしか認識していない。🚺NMは催眠熱をしてていれば傷害罪、傷害罪への共犯者、催眠の有無無関係で業務妨害罪、同時に詐欺罪である。🚺YKもそれに準ずる。催眠連想では我が家付近でも🚺YKを連想させられたが、確認もしていない。犯罪者の確認をして😡には証拠が足りぬであった。男性とか女性とか、異性…の問題や次元では一切ない。
🚺YKについては、後に、世界の指導者経由からか、丸山和也氏がヒントをくれた。更に明白となった。
🚺NMについても、2021年に幾つものヒントがだされている。
ただし、依頼者は第一グループか第三グループか、若しくは第一グループに依頼された第三グループかは不明である。なお、第二グループに依頼された🚺人も随所で登場したようである。
催眠熱の種明かしも随所でされた。駿台の件は岡山の予備校で相似形で完全に種明かしをされ、最後の留めは西田ひかるで催眠熱は実証された。
■
駿台辞職後は第三グループは当然姿を消し、第一グループと第二グループのみとなる。ただし、駿台辞職後は第一グループは原則として🚺ではなく、業務妨害だけに専念したように思える。
▽
総論として、現時点での解釈は第一グループは人間違いから各種工作をし、私に多大な危害を加えた。第二グループは随所でその種明かしをしながら、第一グループを逆に罠にかけた可能性がある。いずれも、私には加害者でしかない。ただし、私は第一グループに恨まれる心当たりは全くない。
なお、第一グループについては世界の指導者の相当数が彼らが何をやったかを知っているようである。第一グループが人間違いをして、私にやろうとしていることを、第二グループは事前にしっていたようで、先に見本をみせていた。それが(序)に書いたことなどである。
世界の指導者などであろうが、随所で、🚺NMや🚺YKに関する情報を、巧みな形で、私にながしてもいる。
私は駿台には賠償請求していないし、駿台に戻る気もないため、無視していたが、世界の指導者の偽者注意により、再度駿台の件を2019年から吟味しだした次第である。彼らの多くは電話帳とか携帯電話を強調していた。一部の指導者は相当前から偽者、防犯、火災、コンクリートも強調したいた。それと詐欺もである。人間違い、家間違いは膨大な国の指導者が指摘をしていた。世界は全てを知っている。
最近の流されたヒントのため、まだ分析前であるが、🚺NMへの指揮は第三グループを臭わせる内容もある。私も最初はまさかと思った。第一グループから第三グループなのか、第二グループから第三グループなのかは現時点では不明である。
■
なお、何故、部落問題・同和問題が絡んだのかは不明である。1987年頃は、私が弁護士事務所で岡映氏の名をだしたため、それを盗聴して駿台で部落問題を絡めたと解釈していた。現時点ではそれ以上のことは分からない。
🚺の出自は私は一切気にしないし、調べないため、彼女らの出自などは当然知らないし、知る必要もない。当時は、全く無関係派であるが、長期苦労した今は、色々くろうした人は味があるとプラス点とする場合の多いであろう。昔から苦労人に親近感を抱いていた。それも🚺NMを1983年夏に門前払いした理由の一つであった。
私は「若い内の苦労は買ってでもせよ」とよくいうが、私の如く大学・大学院…のみか、33才から69才までの苦労では、苦労の価値を見せる場もなく、死ぬ時期がくるであろう。私までとなると行き過ぎである。
▽
なお、人間違いと絡めて、ここ数年戸籍強調の謎がある。戸籍は差別に繋がるため、戸籍主義の廃止と、多重国籍を主張しているのが私の考えである。挑発と真逆である。
しかし、暴力団でも人間違い危害をすると平身低頭であるが、第一グループはそうではないようである。
■
■以上 2021/06/24 2:32記述
▽
工作ということは、誰かに頼まれて。頼んだ人間の人間違い疑惑。それが明白になれば、NMなどが自分で全貌を語ろう。
類似例の不可解さ。
1986年度岡山の予備校のアナロジー。
ここ何年もの催眠での種明かし。意思変化の実証。
▽
1983年水俣参加者の住所録が電話番号だけに数年前なっていこと(書き換え疑惑)
本年(2021年)田の工作依頼時に、電話帳などの住所が突然変わった謎。
🚺NMのとった不可思議な行動(特に1984年秋の怯えの真似)。種明かしで1985年口も聞いたことがない🚺がほぼ同一の真似(2号館受付🚺)でヒントをくれた。
催眠熱 西田ひかる で実証済み。これのみでも完璧に分かろう。西田ひかるは、私が1988年1月に駿台辞職するや登場した女性。
催眠熱 岡山の予備校で駿台類似例。
催眠熱 高校時代の話。
▽
映画説で筋書のないドラマと思っていたが、映画でも何等からの筋書があろうと何度も暗示あり。山田洋次氏の「羅生門」をもじった出鱈目・ドタバタ劇と言うと、毎日新聞Digitalに山田洋次氏が赤の服を着てでていた。恰も、筋書のない映画はない。そして「赤」がヒントだといわんばかりに。
なお、亡くなった理事長は事前に何かを聞いていた可能性がたかい。最近、その暗示が多い。同時に、京都駅新幹線乗り場で前身真っ白の服を着た理事長(当時の理事長)に、偶然出会ったことがある。恰も直訴せよといわんばかりに。私は、迷ったが、部長などから順番にということで直訴はせず。当時一人でおられ、事実上一対一で偶然出会った格好となっていた。
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川端先生などが笑っているので大したことなかろうと思っていたが、大阪校では大変。営業妨害が多かった。なお、駿台辞職するや、即、川端先生そっくりの声の人物に出会う。勿論、川端先生に非ず。最近は、川端先生も、私と誰かとを人間違いしていた、若しくは勘違いをしていたということを示唆する人がいる。川端先生とは友好的であり、同時に知名度が高いので実名でも問題はない。他の先生も知名度が高いならば名をだしても問題がなかろうと考えだし、実名で記述を検討している。特に犯罪と無関係ならば問題がないはず。例えば、英語の伊藤和夫先生などの名を出しても問題はないのと同様である。
以上 2021/06/16 6:25 記述
▽
🚺YKは竜野高校出身。
岡山市で何度もYKの妹に出会った謎。似た人がいたので、面白半分に聞くと。妹が岡山…と。だが、人口70万人の岡山で偶然何度も出会うことはない。
母の実家…の家の…も。更に丸山和也氏も竜野高校。丸山和也氏は岡映氏原稿下書時に登場。
竜野高校ではなく、龍野高校であった。松本龍氏の龍。
丸山和也氏とは友好的雰囲気は過去にあってもその逆はなかったはずである。
▼
駿台の件は🚺女性問題では一切なく、🚺NMも含めて刑事犯罪被害に私が遭ったが事実としか、政経専門家の私には分析できない。
刑事犯罪である。
▽
岡映氏の件は既に記述済み。SSのママさんの「教育相談相手としての紹介」で食事友達にすぎない。
■
■
◇―5・満月の🚺KGさんの謎。
🚺KGさん関連挑発も最近再度あるかもしれない。
彼女が遊びにきたのが、私が駿台教壇以前か以降かがポイントとなるかもしれない。
高柳のアパートである。
▽
私の催眠被害を彼女が知っていれば全てを彼女に任せたほうがよい。
知らねば、彼女が知る必要があるならば公開してもよいが、筋は本人に直にきくことが望ましい。その後がよい。
ただし、彼女が「私が悪い…」と最後に言っていたので催眠の件は知っていると私は思っていたし、思っている。
だが、万一、駿台以降で、KGさんの偽者ならば全貌を記した方がよい。映画説では一部しかながしていない可能性がある。全てを流せば誰もが全てが分かる。
来てから去る時全部を。私が寝ている時も全時間を。
▽
▼
以下、2021/06/16 6:58追記
この件は一切書かない予定でいたが、吉永小百合さんが徹子の部屋で、吉永さんの父親の死亡の仕方を言っていたときに、私の父の死亡を思い出した。そして父が亡くなった場所の関係でこの件を思い出した。吉永さんが何か暗示するならば、書いた方がよいかと思い出した。私自身は、全て書けば大変助かるが、相手が本の少しでも不愉快な思いをしたら…である。とは言っても、橋本聖子氏の件がたいしたことがないならば、…(天の声はそれならばたいしたことではない…、と。詳細は後で)。後日丁寧に記そう。だが、握手一つでも、(催眠類ない限り)私は原則として許可を取ることが多い性格である(訪米の際にも、添乗員の人と最後の握手などは許可をとっている。「最後は…日本式の会釈としましょうか、それとも握手としましょうか…」と。「握手」と言われたので握手である)。ハグなどは…であり、問題ないというならば…。ハグの事実上の強要が大した問題でないというならば、…。また、単位認定権という権力をもつ学校講師時代では、「質問は歓迎するが、女子学生は必ず複数で質問にくるように」と何度か釘をさしている。私は、(卒業資格を左右することができる単位認定権を持っていた)女子高校、及び大学校では、女生徒、女学生とは一対一で会ったことが一切ない。
特に1994年以降ではポリテクカレッジ岡山では「必ず複数で…」と何度も言っているので、当時の女子学生の一部が覚えていよう。権力を伴う場合には…。スポーツなどの協会会長などは学校教師以上に権力を伴う。総理や国会議員も同様に権力を持っていることを忘却してはならない。
▼
しかし、被害者がいない場合には、他人の幸福追求権やプライバシー権を尊重し、沈黙が一番正しい選択肢である。だが、吉永小百合さんが…と臭わすならば、それでは…解説しようかとなった次第である。
ちなみに、拙著『日本のフィクサーME』でのお嬢の話では、実体はない。同時に被害者はいないと私は言っている。お嬢も同様のことを言うはずである。それを、権力や税金類をつかって…は、政治家ならば辞職が不可欠(懲罰による失職が不可欠、同時に私などへの慰謝料と賠償義務も生じる)と思う。ものすごいしつこい挑発、それも7年以上もの、さらに催眠での何十時間に及ぶ拷問問い。
私は何度も言っている。実体はないし、被害者はいない、と。お嬢は複数の🚺の合成であるが、該当複数の🚺も全員が同様のことを言った場合に、どう責任を取るのか。30年以上、複数のどちらとも会っていないし、☎など一切していないが、必要があれば紹介しよう。余りにしつこいので、この件もブログで丁寧に解説をした。ところが、数日前にまた…であり、呆れかえった。さらに、そのため催眠類で多大な時間を損失させられた。
▼
プライバシーに該当することを、特に意味があろうがなかろうがペラペラ喋ることは、人前に全裸で出るのと同様である。人前に全裸ででることは犯罪である。同様に、被害者のいない事項で、私以外の人も絡んでいる事項では特にプライバシー類を話すことは本当は犯罪に該当する。強いる人間は更なる犯罪である。個人情報以上のものである。個人情報の保護を唱えながら…。万一、政治家や公務員が絡んでいたならば、懲戒免職が妥当となる。メディア関連も同様である。私を国会へ呼びと何度も言っているのだが。他人の戸籍を勝手に調べ、さらに言いふらすのと同様の犯罪である。
(これ以降は実名のため次回名前を記号に置き換えるまで下書はOne Drive保存。)
▽
2021/05/29 21:48独り言でKGさんの件を(多分催眠で)喋ってしまったので、その通りに記述。
橋本聖子と高橋大輔のキス事件がたいしたことが無いのならば、私とKGさんの件もたいしたことはない。
しかし、橋本聖子、浅田真央、安倍晋三の件がたいしたことがある問題ならば、私の件もたいしたことがある。もし、浅田真央が本心からいやがっていることを、会長の橋本聖子の関係でしたならば、これはパワハラであり、大問題である。同様に、私の行動も大問題である。私は相手が嫌がっていたならばハグどころか握手も強要しないし、絶対にしない性格と方針でいる。
▼
それでは後者の場合に何故、したのか。していない。催眠でさせられた。
私は寝る前に絶対に指一本触れないと決定して就寝した。ところが途中で目覚めさせられ、違う行動をとっている。どのような行動かは、高橋大輔と橋本聖子レベル…である。
そして、その件は私の人格とプライドを大変傷つけている。女性の方からアパートに一人で来てすら、それを(それだけを)理由に…は私はしない方針であり…、実行している。
…不可思議な1987年?…話がそれるので別の箇所で予定通りに記述…。
よって例外がないともいえる。
▽
アパート・下宿にはNN、お嬢のモデルの一人(🎎)、TM、HN(日本のフィクサーMEでは「おはな」)さん…と多数一人できているが、全員に指一本ふれていない。クラブ先輩女性KNさんも同様である。過去前例は皆無である。
▼
過去の前例は握手ですら相手の許可をとる。
アメリカ行きでは、添乗員に世話になり、別れの際に直に訪ねた。「長い間お世話になりましたが、お別れの際には日本式会釈としましょうか、それとも握手としましょうか」と。すると相手が「握手をしてください」と言ったので握手とした。
おじょう「🛵」のときも、小さいことですら…云々は相手の許可をとり、…
催眠がないときは、原則として、握手ですら相手の許可をとる方針でいる(例外は儀式としての握手、例えばスポーツで対戦相手と握手するという儀式などである)。
相手が嫌がる行為は握手やハグですらしてはならない、少なくとも「事実上の強要をしてはならない」が私の考えである。
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KGさんの件は忘却していたが、伊藤詩織の「駄目と言ったら本当に駄目」とうい言動で思い出した話である。
あれは百パーセントの催眠であった。寝る前に指一本ふれないと決定して寝た(明白な意思決定をして就寝した)のだから。触れぬ理由は「KGさんから結婚…の話があり、私はその時点では結婚の意思はない」と返答したため、指一本でも触れることはよくないと考えたからである。
要するに結果はレベルとして、高橋大輔と橋本聖子と類似であるが、浅間真央が本心は嫌なのを事実上強要していれば大問題と同様に、私のプライドと人格は後にガタガタとなった。人にバレなくてもそうなった事件である。
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KGさんが別れ際に「私が(全部)悪いのですから」{「全部」をつけたは記憶間違いの可能性もあるが}に近い言動をしたので、催眠の件もしっているのかと思い沈黙をしていた。実際に寝ている間の催眠ならば彼女もしっていよう。だが、会う前にその趣旨の催眠がかかっていれば彼女は催眠の件を知らないであろう。あるいは、随所で登場しだした偽者ならば…書いた方がよいかもしれない…と思い…。
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ちなみに、途中目覚めたが目覚まし時計をかけてもいないし、今と異なり年齢も若く、途中目覚めなどはほとんど考えられないという不可思議な話である。レベル…は無関係であろうが、良識的と思った著名人ですら週刊誌的なゲスの勘ぐり挑発{ a deliberately bad interpretation 《on somebody’s actions》}類がSNSで多いため、一応レベルはで著名な橋本聖子五輪組織委員会会長(森氏の女性蔑視発言を受けて、セクハラ・パワハラと無縁と…現在、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長に就任した)の例をだした。橋本聖子、高橋大輔レベル…が問題ないならば私も同様である。いな、私は税金から給料をもらっていない上に、権力も持っていないという違いがある。さらに大きな違いは、私の場合は催眠であり、催眠ないときにその逆の決定をしていた。
自称・浜田隆政チルドレンの一人・浅田真央…安倍晋三ハグの件も橋本聖子の存在が気になるが、話題がそれるため今回は書かない。
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★ちなみに、駿台女性🚺NMとは生き方が違うので「私はノー」と1983年夏頃に明確な意思決定をした🚺である。ところが、催眠と工作で…駿台事件が起こる(駿台事件は女性問題では一切ない。勿論、デートもせず、人のいない所では会話すらせず、指一本触れていない。不可思議な業務妨害…などの犯罪被害事件であった)
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ただし、随所に記載の如くKGさんは大変信用と信頼ができる人物である。本来、彼女に全てを任すのが筋と考えていたが、吉永小百合さんを徹子の部屋(2021/5/20を録画し後に見た)で見て…である。
(人名略号と一部追記のみ2021/06/17 13:08)
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(2021/06/18 16:45)
本日 橋本聖子氏が突如テレビで催眠状態となり…Twitter 21-169参照。
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21-169-3【🥴催眠】#橋本聖子 #五輪 #大会組織委員会会長 昼のテレビで突如登場。
同時に🤡催眠状態で「…について #バッハ 世界の指導者 に問う」発言強制される。
これは🥴催眠。🤡言動無効。
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🤡まだ #セクハラ でなく #パワハラ 調査前。
彼女は #日本スケート連盟会長 という権力を保持
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○https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1405776348346347531?s=20
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21-169-4【#権力】
🤡は塾等と単位認定権持つ学校は使い分け。
後者は権力が。
後者🚺生徒は質問などは一人で来ないよう念押し。
多数の生徒来たが全て後者は複数。
権力を持つ者は常に慎重に。
⛸#橋本聖子 会長。#パワハラ
⛸#高木美帆 ⛸#高橋大輔 ⛸#浅田真央 調査前。
https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1393437953800687617
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○https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1405779039097286656?s=20
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🚺KG…については私の行動問題は橋本聖子の件レベルで問題がないではなく、問題があると書いているのである。
これがハグでも問題はある。相手の心からの許可が必要である。許可ではなく、心からの許可である。
しかし、私の場合には後に証明する催眠で…。
そして、催眠の実体が判明するまで、私の人格とプライドはガタガタとなったと書いている。
このとき催眠がないならば、私の行動は問題があるであり、問題がないではない。
上記は下書の一部であるが、