気が向けば一言【政治】№122・日本のフィクサーME・パート2付録編⑪・2013年訪韓の経緯―3企業説―1

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気が向けば一言【政治】№122・日本のフィクサーME・パート2付録編⑪・2013年訪韓の経緯―3・企業説-1

下書き状態で公開保存:2019/01/23 2:11 本文―1まで2019/01/23 22:55公開 23:33追記 

2019/01/24 2:45公開 3:25=Facebook貼り付け 15:42=オバマ氏訪日→2013年春を2018年春に修正


【登場語句】#二階俊博 #安倍晋三 #石破茂 #オバマ #ウォーレン #トランプ大統領 #麻生太郎 #ニコン #シグマ #タムロン


 




《はじめに》
この原稿は、やむを得ない理由で、大急ぎで書いたため、一部ミス記述があるかもしれない。取りあえず公開して、しばらく寝かせた後で、修正版を「公式ブログ」に掲載予定でいる。

《全箇所共通注意事項》

(1)著作は、原則として、十二回の見直しをして作成している。
(ブログは、通常、一回程度の見直ししかしていない。)
今回の原稿は、この十二回の見直し以前の単なるメモである。
そこで、作品時点では大きく様変わりするであろう。
それを頭に入れて読んでいただきたい。

(2)この文書は、故意に嘘(うそ)を数パーセント程度いれている(私から見れば多分一パーセント程度)。どこが嘘かは公開できない。善良な第三者に迷惑をかけないための措置である。
総論として、この文書はフィクションとして書いている。

(3)『日本のフィクサーME』登場人物のキャラクターなどは以下を参照願いたい。
安らぎ文庫>>6-1・『日本のフィクサーME・下』《『日本のフィクサーME』登場人物の紹介》
http://h-takamasa.com/book-01/custom57.html
◎風景描写→字数の関係で、メモではごく一部を除き風景描写は原則として大きく省略する。




2013年12月韓国訪問では諸トラブルに見舞われた。その仮説について以下六つをたてた。

⑤映画説、⑥謀略集団説を先に書いたため、今回から現実世界に戻る。その前に読者に再度その六つの仮説を紹介しておく。今回は④の企業説である。



【資料】
☆☆☆☆☆☆
六つの仮説
☆☆☆☆☆☆

①(韓国謀略説)訪中の後で、従軍慰安婦肯定論を私に結びつけられ、その誤解から器財をやられた。韓国国民の反感をかった。
……
②(北朝鮮説)訪中の際に、#張成沢 #金正男に絡められ誤解をされ、北朝鮮政府ににらまれた
……
③(ニコンのライバル社説)カメラメーカーの争いは熾烈(しれつ)であり、まさに企業戦争であった。
……
④訪韓の最大目的は安重根記念碑撮影であった。さらに、当初は韓国から竹島(独島)に行くか、それとも板門店に行くかを検討していた。そこで、日本政府関連の一部か何かが、その妨害工作をした。
……
⑤映画説で話題提供を図り続けている人間による仕業。
……
⑥さらに、その中で、私の周辺で、白土三平の『カムイ伝』型で、私と近隣の親戚をいがみ合わす工作(近隣・親戚間との分断・対立策謀や謀略)が2002年頃、遅くとも、2005年頃から徐々に進行していた。その関係者達による一貫した攻撃の一部かもしれない。
その工作は、該当者のアキレス腱(けん)若しくは琴線(きんせん)を狙い、徹底的に、ときにはこじつけてでも無理矢理、私と該当者と対立をするようしむけてきた。
……
徒然(つれづれ)なるままに№23・写真残酷物語第七話・政経編(残酷物語最終回)
●http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=22085

徒然なるままに№23・写真残酷物語第七話・政経編(残酷物語最終回)



【本文―1】

《忘れぬ内に喋った内容を大急ぎでメモ。誤字脱字超多数。これを明日からゆっくりと修正していく。なお、今回から分割して、短い形にする。ただし、分割しても、残りの部分は別の箇所で下書き状態で公開保存とする。》

本日、気になるネットを見て、慌ててYouTubeで二階氏をさがした。
二階 俊博(にかい としひろ、1939年2月17日 – )自由民主党幹事長である。
何故、気になったかと言えば、二階氏降板の臭いを感じたからである。
私は党派中立・宗派中立であるが、(出会った)人は思想・信条に無関係に大切にする。温かく見守ってくれていた二階氏には、私と考えや政策の一部が違っていても好感を持っている。同時に、現在の日中関係改善には二階氏の存在は大きいこともある。

現在の安倍晋三政権は、2013年頃は悪戯(いたずら)に中国を挑発し、緊張関係を悪化させていた。故意にやっていた節さえ見受けられた。私の訪中直前の麻生大臣靖国参拝、私の韓国から帰宅直後の安倍晋三総理の靖国参拝…。
ところが、二階氏が自民党幹事長になり、徐々に変化が起こってきた。更に、トランプ大統領が登場し、中国も日本との改善を求める気配が生じてきた。そして、昨年は閣僚全員が靖国参拝を自粛した。これらも二階氏の存在抜きには語れないであろう。

また、昨年(2018年)春頃に、安倍政権は沈没していた可能性があった。それを阻止したのが、二階氏の一言であった。「安倍晋三総理はミリたりとも動かない」。これを言い切り、流れを変えた。

私から見れば、それは功績と言えるか、その逆かは不明である。しかし、安倍晋三氏には大きな貢献をしたことになる。だが、安倍氏が二階氏を目の上のたんこぶと感じ始めると排除にかかる可能性が高い。しかし、それでは日本人の人情が許さない。それを考慮して、棚上げ、祭り上げを行う危険がある。副総裁などの名誉職に祭り上げ、実権を奪うやり方である。
下記に掲載の如(ごと)く、二階氏の病と気落ちを利用して。
そこで、昨日(2019/01/22)の時事更新には二階氏を掲載しておいた。

☆☆☆☆☆☆
公式HP・時事更新(2019/01/22~1/29)より抜粋
☆☆☆☆☆☆
「党派中立・宗派中立でも、これだけは言ってもよいだろう。二階氏の健康完全回復と健康維持を願う。奥さんの不幸もあり、大変でしょうが、日中改善、更には日韓関係改善には自民党内では貴重な存在。マレーシアのマハティール首相は93才でも…御覧の通り。なお、自民党以外でも、こうした形で掲載する予定でいる。同時に、不適切統計問題のニュースとしても取り上げた。」
☆☆☆☆☆☆
☆☆☆☆☆☆

January 23【一言・ME】№122・日本のフィクサーME・パート2付録編⑪・2013年訪韓の経緯―3・企業説:【本文―1】まで公開開始。http://h-takamasa.com/Blog-2/a-01/news/1061/…

浜田 隆政さんの投稿 2019年1月23日水曜日

▲https://www.facebook.com/takamasa.hamada.92/posts/1954487607954315

【上記Facebookの一部抜粋】

二階氏

2018年12月初頭インフルエンザ
その後、高血圧。
2018年12月26日(伴侶)二階怜子氏(77才)死去
……
だが、 #三浦雄一郎 氏(86才)まだ諦めず、再挑戦。更に、私の時事更新で紹介した三浦雄一郎氏の父 #三浦敬三 さん百才でも現役スキーヤー。老いるのはまだ早い。

上記との関係で自民党総裁選挙を少し振り返ろう。


(資料)自民党総裁選挙
得票数   議員票  党員算定票
安倍晋三 553    329   224
石破茂   254     73         181

清和政策研究会 細田派 細田博之 99
志公会 麻生派 麻生太郎 57
平成研究会 竹下派 竹下亘 56
宏池会 岸田派 岸田文雄 48
志帥会 二階派 二階俊博 44
水月会 石破派 石破茂 20
近未来政治研究会 石原派 石原伸晃 12
無派閥 – –  72

もし、2018年春に、 財務省不祥事の責任で麻生太郎財務大臣を解任し、同時に二階氏が安倍晋三氏と離れたならば、安倍晋三氏が自民党総裁にはならなかったであろう。
否(いな)、内閣支持率の低迷状態が続き、二階氏が安倍氏から離れたならば、安倍氏の再選はなかった可能性が高い。派閥力学から言っても、二階氏の存在は大きかった。それどころか、後者の場合には、2018年4月に暫定自民党総裁樹立の可能性すらあった。
2018年頃の、自民党のキーパーソンは二階氏に思えた。

この頃、二階氏がテレビから、「安倍晋三総理のかわり、誰かいるのか、いるなら言ってほしい」と言ったことがあった。
私は「安倍氏の代わりは何人かいるだろう。安倍氏より優秀なのがいるでしょう。第一、二階さんが自分でやったならばいいのではない」と言った。
二階氏は突如、下を向いて沈黙をした。

あのときに、もし、内閣支持率が後?パーセント下に出ていたならば、(正規の自民党総裁選挙までの繋ぎ)臨時総裁誕生もありえたように思われた。

これらは、いつか、「日本のフィクサーME・パート5」で記そう。昨年(2018年)の春は、後一歩で自民党総裁選挙を待たずに、総裁・総理交代がありえた。

2013年 2018年春と言えば、我が友・ミスター・オバマの来日があった。この件は、現時点では、この一行のみ記すだけにとどめよう。そう、この頃、ウォーレン上院議員が韓国、そして中国に。勿論、与党 共和党…トランプ大統領は米朝首脳会談へ…世界はここまでは動きは速かった。これらの意味は何なのか?私は知らない。知らないことは幸いである。


【本文―2】

 

訪韓(2013年12月)の事件説の本題に戻ろう。
訪韓でのカメラ器財故障の原因を順番で書く予定でいた。
北朝鮮説、韓国政府説(朴槿恵政権説)の次は企業説であったが、「現安倍政権の支持率が下がったならば困るので、先に映画説、謀略集団説を書け」という催眠誘導で、順番が後になった。

ここから本題の企業説に入る。今回からは短く文書を区切り、書いていく。その後で「公式ブログ」でまとめての掲載を検討する。


訴訟文書ではないので、細かい日程や、詳細な事項は省き、また当時の記録も無視して、覚えている範囲で一気に記す。

2013年中国から帰国後、しきりに超望遠レンズを買えという催眠があった。候補はシグマ社のレンズ150-500㎜である。私は拒否した。だが、執拗(しつよう)な催眠であった。殺し文句は「お前も、もう還暦を超えた。いつ死んでもおかしくない。同時に起業にむけて努力しているならば、ここで、賭けに入れ。ここで必要レンズを揃(そろ)えて、勝負に出ろ」であった。毎日やられた。拒否しつづけた。

拒否理由は、間もなくタムロンが150-600㎜を出すという情報を海外の特許漏れから掴(つか)んでいた。すると、シグマも当然このタムロンの新型に対抗して、新レンズを出す。更に、ニコン社も純正で超望遠レンズズームを出すこともありうる。その上に、今回のレンズには幾つかの限界があるという情報を得ており、今回、購入して、限界があっても、私の望むレンズがでても買い直しが不可能となるため、絶対に今は買えないと独り言で繰り返した。それどころか、その趣旨を価格ドットコムか、私個人の日記類に書いたと思う。

そして、実際に私の予測分析は的中し、タムロンが同上レンズを、それに対抗してシグマも二種類の超望遠レンズを、更にニコンも超望遠ズームレンズをだした。
だが、その前に、強引な催眠で購入を余儀なくされた。今、考えても何の目的の催眠だったのかは不明である。

私の存在、私の意思抜きで、シグマ社の150~500㎜を購入させられる。結果は私が予測した通りであり、私の目からは限界だらけであった。特にニコンVR70-300㎜と比較すると、同レンズでのテレ側300㎜で撮影し、トリミングして500㎜レンズで撮影したのと同一の大きさにした方が画質が上に思えた。

更に、1990年代に購入したシグマ社170~500㎜よりも画質が落ちているとしか思えなかった。そこで初期不良を疑った。シグマ社に170~500㎜と150~500㎜で撮った写真を比較できるようにデジタル画像をつけて送付した。

シグマ社の方では故障ではない。ただ、カメラ本体との相性問題での個体差問題もあるため、別のレンズを送付するとのことであった。私が画像を送付したのが2013年6月末頃で、新レンズが送付されてきたのが同年7月頃だと思う。

画質は良くなっていた。値段を考慮すると満足いく内容となっていた。これならば使える、と。我が家での実験では使用可能範囲となっていた。
念のため、本格実験をするため、2013年8月2日に王子動物園に行って試し撮りをした。OKである。ズームレンズかつ焦点域に対する価格を考慮すれば、OKである。絶対画質自体も許容範囲内であった。


ところが、2013年9月頃に、再々度実験に大阪に行く。そのときに某ホテルに泊まり、帰宅すると画質が一気に劣化していた。正に、最初に購入した150~500㎜の画質に戻っていた。恰(あたか)も、最初購入したレンズと、後でシグマ社が別のレンズを送付してきたのを再度ホテルかどこかで入れ替えられた如(ごと)くであった。
こうして振出しに戻った。

カメラ及びカメラレンズメーカーの競争は熾烈(しれつ)である。政党間の競争よりも激烈なときがある。生活がかかっているのだから。自民党と民主党(現・立憲民主党)の争い以上のものである。正に死闘である。
ここで、カメラ・レンズメーカー間の争いに巻き込まれたと思った。


最初は、結構仲良くしていたニコンが…と。
私はニコンの広告塔と思われ、ニコンのライバル社に狙われている気配を感じていた。実際にニコンと一番蜜月のときには、一眼レフカメラの売行きでニコンが世界№1となったこともあった。後に言う株価も同様であった。

私がニコンと付き合いだし、最初に同社の株価を見たときにはニコンの株価は900円くらいであった。1999年前後と思う。ちょうど、パナソニック、シャープとほぼ同一額であった。ところが、ニコンと蜜月となり、一気にニコンの株価があがる。
一番凄(すご)いのが、2013年の訪中直後である。その話は後でしよう。
ともかく、訪中前にニコンサービスステーションで点検をし、ニコンのロゴ入りベストを購入し、訪中時にこのベストをつけて撮影しまくったときにはニコンの株価が3500円を超えたと思う。

同時に、この頃(2013年頃)は、ニコンとシグマ社が喧嘩状態であった(訴訟…と)。シグマ社はレンズ専用メーカーに近い。そこでニコン社用レンズをつくる。だが、ニコンはニコンのカメラは純正レンズ(ニコンが作ったレンズ)にだけ責任を負えばよいという常識を利用して報復をしたように思えた。

即ち、シグマのレンズと相性の悪いカメラを開発するである。簡単に言えば、ニコンがカメラAをつくり、シグマがA用レンズBをつくる。ここでは相性は合う。だが、その後で、ニコンがCというカメラをつくる。Cというカメラはニコンの(既に作られた)純正レンズにだけ責任を負えばよい。そのときにシグマレンズBと相性を悪くするか・否かは法的にも、消費者との契約上もニコンの自由である。


最初は流れからニコンに疑いかけた。しかし、残念なことに被害はシグマ150~500ミリだけではなかった。ニコンのVR70-300ミリもやられていた。
ピントの精度(特に黄色に対してのピントの精度)、オートフォ―カスの一部などである。
恰(あたか)も、シグマ170~500ミリとの比較実験を阻止するという形で。
それではニコンではないのか。
ちなみに、故障を故意にさせたというシグナルがあった。
このときに泊まったホテルのトイレが故障であった。
こうした関係は次にも続く。


被害はそれだけに留(とど)まらなかった。
2013年10月に、親友の墓参りを兼ねて、広島平和公園、親友の家、そして、別子銅山へFieldworkを行った。

そのときには、今度はタムロン24-70 VCと、ニコンのD800の本体をやられた。
そして、故意にやったという証拠を残すため、このときには楽天のエディカード(まだ四千円ほど入っていた物)が謎の紛失という事件があった。
偶然ではないのだ…という形で。

更に問題なのは、いずれも、故障か気のせいか迷う範囲でやられていた。こうして訪韓の一ヶ月前頃に器財の主なものをやられた。
しかし、気のせいかどうか迷い、訪韓前日にニコンサービスステーションに行くことにした。ところが、諸妨害で行けぬまま、訪韓となる。

韓国に行くと、今度はきっちりと、カメラ、レンズの異常を認識できた。
実際に帰国後に、2014年1月にニコンサービスステーションに行くと、D800調整必要で調整、VR70-300も調整必要で調整、タムロンに行くと24-70VCは故障で修理へとなった。

結局、韓国で活躍したのはニコンVR16-35という超広角レンズのみに等しかった。後はD90(画素数不足と高感度未対応のカメラ)と単焦点AF-S 50(f1.8)Gで何とかしのいだと言ってもよい。
何を目的でやったか。
日本政府説が浮上する要因となる。

しかし、企業問題もこれではすまなかったため、先に企業説をもう少し続ける。以下、表を参照。
2014年以降の流れは次回記そう。

▽●https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1087592127494680576

 

https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1087592127494680576

気が向けば一言【政治】№122・日本のフィクサーME・パート2付録編⑪・2013年訪韓の経緯―3・企業説-1はここで終了。企業説―2は別のページへ記載予定




2019/01/22のメモ



(2019/01/23掲載のメモ:ただし正式公開時は内容がかなり変更となるかもしれない。またページは変更して次ページ以降への掲載となる)

要するに、ニコン→シグマvsニコンの争い、そのとばっちりを食う。不可思議な器財故障と故障させるときにはシグナルでエディカード紛失、ホテルのトイレ故障…がだされていた。当然企業間の争いを疑い、その被害と考え、ニコンのロゴ入りカメラマンベストを着るのは止めた。

 


……
そしてそのピークは上海での(中国政府による)ニコンD600販売中止命令である(2014年3月)。
ソニー関係者らしきは、私が原因と…

そしてソニーを一喝。ソニーの株価は千円台後半から二千円台前半で低迷することになる。……
ソニーの社長に一喝なども懐かしい思い出である。
しかし、どうもソニーではないと判断し、ソニーとは昔の付き合いに戻した。電器メーカーとはまんべんなく主義で、テレビ・BD類・電池類はパナソニック、オーディオ類はソニーが中心、カメラはマウントの関係でニコン、レンズは可能な限り多数の企業を、プリンターはエプソン、キャノンも幾つか手をだしたが今はご無沙汰で、後日いつか…。


ところが、後に考えると、誤解や勘違いの可能性が高い…と判断し、ニコンとの関係完全修復を目指していた。

これらを順次、分かり易く掲載し、そこで③企業説は終わりとなるはずであった。
ところが、一昨日から、我が市・美作市のEV車問題はこの件が絡んでいる可能性が高いので情報公開しておけという暗示が起こり続けた。

その前夜にはイチロー君と豊田章男氏が笑談をしていた。章男氏の顔は過去見たことがないほど和やかであった。思えば章男氏との最初の出会いは●●年頃であり、アメリカでのリコール問題で揺れていた頃であった。
車内でも大きな抗争があったように見受けられた。
このときに、私が彼に激しい檄を飛ばしたことを覚えている。
民主党政権の頃であり、もう、あれから▽▽経った。

その翌日には(世界の)王貞治さんを見た。

私の住まいのある美作市へのEV車寄贈の種明かしをしてあげなさい、と。
これは2015年後半のことであり、この頃は「日本のフィクサーME・パート3」に入るため今回の「パート2」では書きたくなかった。

仕方ないので簡単な種明かしだけをしておこう。
トヨタはアメリカでのリコール問題から外国政府関連の関与にトラウマになっている。
次に、2013年から2015年頃は日中関係は最悪である。すると中国政府などとトラブルになっても、日本政府経由での解決は無理である。
私は中国には多少の貸しがある(菅直人総理と温家宝首相の間…)。
さらに2015年訪米である。
アメリカは政府が大きく介入しなくても、私の動きが消費者動向に大きな影響を与えることがある。

布袋(ほてい)
:そこで、ボンのいる街に投資をすれば、多少の防波堤にはなるかもしれないと考えたのだろうか。ましてやニコンD600の販売中止をボンがらみと勘違いしていればね。

明神:
そこまでいかなくてもサー、ボンちゃんの世界的知名度も考慮すれば……


はかせ:
そうした前例はありますかな。


ボン:
多数ある。
早大の中でも政経学部だけが僕の出身高校を指定校にしたことがあったと思う。
商学部や教育学部・文学部ではなく政経学部だけがね。
勿論、僕が早大政治学研究科修了後だ。
僕は頭を抱えた。
もっとも、一定の時期からはきえたけどね。
当然だろうね。
これは勘違いがあるかもしれないけれども、世界遺産を思い出して御覧よ。
企業も…とね。


明神:
ボンちゃんサー、でもおかしいよ。
あれは安倍昭恵氏絡んで…忖度だ。

●https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1087722635096662021

https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1087722635096662021


ボン:
では美作市長の機嫌をとれば、安倍晋三氏は喜ぶのかね。
しかも、機嫌を取るのが豊田章男氏で、機嫌を取られるのが(人口2万人台の)美作市長…ばかな。

はかせ:
第一、市長の功績ならば市長は自慢しますがな。
税が絡まぬ金、賄賂も使っていない、寄付に対する便益供与もない。
通常は「ワシのおかげだ」と威張りますがな。
ところが逆ですな。
私は無関係です、と。

布袋:
それに、その市長というのはボンとどこか一部で馬が合っていた小泉純一郎の門下、俗に言う小泉チルドレンだったのだろ。
ボンが相談を受けていた頃にはひよっこで、誰も相手にしていなかったんだろう。
それに僕が聞いた噂では、自民党を一度でて、舛添要一氏と一緒に行動をし、その後で自民党に戻ったんだろ。
その市長の機嫌をとって、安倍晋三氏が喜ぶのかね。


明神:
安倍晋三氏の奥さんの機嫌をとるんだ。


はかせ:
そうすれば何かおこりますかな。


布袋:
確かにそれはおかしい。
企業は営利追求を善とする。
本来はお客様同様に株主に対する責任がある。
何も起こらぬ所に投資するかね。


明神:
でもサー、安倍昭恵氏が美作市に来たんだろ。
ではサー。


ボン:
それは後に説明するけれども別件だ。
安倍晋三氏は第一次安倍内閣が潰れたのは僕のせいだと逆恨みをしていたように思えた。
だから、彼が総理に復活するや、即、奥さんを刺客として美作市に派遣したんだ。それとなく偶然を装ってね。それが2013年2月だ。


布袋:
ようするに錯乱部隊か。
そして豊田氏のとは動機が違うということだ。

●https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1087592127494680576

 


ボン:そうだ。
でも、不思議なことがある。
僕が中国よりからアメリカより、正確にはオバマ大統領と近づくと、何らかの攻撃がはじまるんだ。その逆ではないんだ。オバマ大統領と仲がよく、仲が悪くなると、攻撃ではないんだ。

明神:
ボンちゃんサー、攻撃って、安倍昭恵氏が💏をした相手だね。
たしか、ボンちゃんの『日本のフィクサーME』に登場する布袋だ。
要するに、安倍氏は第一次安倍政権崩壊の恐怖から美作市入り、…トヨタは上海での勘違いから美作市入り。それと商売上の長期的投資という意味も兼ねてか。
もっとも、日本政府と中国政府が接近しかけているから、今度はトラブルがあっても、日本政府経由が可能となるから、今度はのんびりと来るだろうね。


ボン:
簡単に言えば、僕はどうでもよい。
僕は無関係とし、自分の作品制作作業に打ち込みたい。
トヨタとも、他の企業ともWinWinだけを望んでいる。
それだけだ。


ソニーの社長▽▽が昨年社長を辞した。勇退だ。辞めるときに株価をみて驚いた。6千円台になっていたからね。僕と…の頃は低空飛行だ。
解除後は動きが凄かった。
他企業の株価の話はまた後日しよう。