第六回私文書公開:老婆が開けられぬ鍵へのアドバイス:2013年11月14日該当家郵便受けへ:公開日2018年8月30日

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第六回私文書公開:老婆が開けられぬ鍵へのアドバイス:2013年11月14日該当家郵便受けへ:公開日2018年8月30日


下記文章は、2013年11月14日X家の郵便受けに、(通常郵便ではなく)封筒に入れた文章である。Twitter18-239-1に掲載した理由で公開することにした。
▽ https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1034958659531419648

【概況】2013年、X家の老婆が、鍵が開かずに家に入れず困っており、我が家へSOSに来られた。だが下記文章の如(ごと)く、誰がその鍵をつかっても開かず、今後もそうした事態が続けば、時には生命の危険も予想されるため、我が家法要準備を中止し、下記文章をX家の郵便受けにいれた。

当初は口頭(2013年10月27日)で、X家の中心人物XM氏に対策を促したが、「鍵はおふくろはいつも開けているのに」であり、同時に「鍵の110番類への電話は困る」であった。しかし、その後も11月6日、11月13日と鍵問題があり、人道上無視できず、下記文書を郵便受けにいれた次第である。
だが、御礼の言葉どころか、X家の老婆には母の一周忌では睨(にら)み続けられたようにも見受けられる状態であった。当初は、母の一周忌に、X家の老婆のエスコート対策を私がしていないと勘違いして、怒られたのかと思っていた。

私は鍵の件で何が何か分からないので、さりげなく事情を聞いてもらい、誤解や勘違いがあればそれを解いてもらう目的で、X家の老婆のエスコートは、幼い頃からX家の老婆を知り尽くしている、私の従兄弟(いとこ)O氏に手紙と電話の両方で依頼し、万事そつなくしていた。またO氏はX家長男の奥さんの友達でもある。だが、当日、O氏が何かの都合で、遅くなり、近隣の人がエスコートをかってでられた。

しかし、X家の老婆は勘違いをし、私を薄情と思い恨んで、母の一周忌では私を睨(にら)み続けているのかと思った。実際にそうだったかもしれないが、もし、そうでなければ、このときの下記文書を、誰かが別の文書と置き換えた疑惑がある。そこで、X家の老婆は2016年に亡くなられたが、X家の家族の方もおられるため、公開誘導催眠に従い、公開することにした。

なお、当時、私がX家の主XMに何度も言ったのは以下のことであった。
「実際に鍵を開けられない姿を何度も見ている。一度で良いので、XM氏の目の前で、小母(おば)さん(老婆)に鍵をもたし、小母さん自身で本当に鍵を開られるかどうか確かめてほしい。」(鍵をあけるこつなどがあれば、その方法を伝授してほしい。もし、そうでなければ修理してほしい)ということであった。こちらは、毎回ドキドキものであった。私が行っても無理だったからである。私も小母さんも近隣の人二人も開けられなかったからである。
しかも、XM氏から鍵やさんや、鍵の110番に電話をしないように言われると、…私はどうしたら良いのか、手の打ちようがなく困っていた。それが当時の状況である。

X家の小母さん(老婆)は2016年夏に亡くなられた。ずっと家におられたか否かは途中から不明である。ちなみに、私自身は、この小母さんが家におられたかどうかは誰からも何も一切聞いていない。

2012年前半は家に行ったらおられたし、(私の芋作りを意識してか?)4月か5月上旬頃には畑を少ししかけられたようにも見たり(その後不明)、2013年は私がX家を見たりしたときには大抵家におられた。今考えれば逆かもしれない。小母さんが家におられるときに私にX家を見る用に催眠があったのかもしれない。だが、それでも、何度か見てもそのときにおられたことは事実である。簡単に言えば、2013年はおられたし、おられたとしか思っていない。たまにはデイサービスとか親戚関連でとまられても、通常は家としか思えなかった。
2014年は、我が家への石油入れ事件とか、夏に一人で我が家へ来られたり…でおられるという印象を強く与えられていた。
2015年頃は、私が昼夜逆転の日が多いことや起業準備のため、それ以上にXM氏が帰ってきた以上、ほとんどX家のことは何もしらない。今もどうなっていたかは知らない。

私事ながら、私とこの老婆が???と勘違いしている人がいたり、私もそうなのではと思ったりしたこともあるが、我が家へ来られるときは満身笑みであった。特に一人でこられるときは。ちなみに、私が2009年組合長になるまでは、家を留守にされるときには(笑み一杯で)「隆政ちゃん、……に行ってきます。▽▽日ほど留守をしますので、後はよろしく…」と行ってこられ、私の方も、「小母さんいってらっしゃい。楽しんでいらっしゃい」という関係であった。
2009年組合長になってからは、誰かの対立政策で多少おかしくなったが、留守をされるときにはシグナルがあったように思われる。同時に、私の方も、悪まで無理のない範囲で、さりげなく、X家をみただけである。2011年末、X家の主XM氏が帰られて以降は上記の通りである。

さらに、私の母が2009年頃から脳梗塞、心筋梗塞、認知症(振りか認知症症状類は2008年頃から)、その上で起業準備であり、2008年末までと比べ「行ってきます」「行ってらっしゃい」の関係は薄れた。


我が家の母一周忌法要(2013年11月16日)の三日前の文章のため、少し字足らずである。

以上、2018年8月30日12:24記述。一気に記述のため、不適切な表現、誤字・脱字、その他の記述ミスがあれば後日訂正することもありうる。ただし、下記手紙は原則訂正はしない。しても、訂正跡を残す予定でいる。



●以下は

2013年11月14日にX家の郵便受けに入れた文書

(人名はすべて略号で置き換えている)。


前略。
一周忌準備等々にて、超々多忙なため、用件のみにて失礼します。
(以下、である調にて失礼)

 XM氏の家の鍵の件にて、以下、(C)の如く気になることがあったため、以下記述する。

(A)10月26日(土曜日)10時半頃

 XT子小母さんが、家の鍵が開かないと言われ、我が家へ来訪。その後、XT子小母さんがKKの隣で車の修理類をやっている人物二人(α、β)に援軍を求める。

①私がやっても鍵は開かず。

②αがやっても開かず。βが延々とやっても開かず。

③上記二人が油をさしたり、その他の方法を駆使したりしても開かず。三人の結論は、三人が幾らやっても不可能と断定。


④(私がXM氏に電話中)偶々、風呂の窓が開いていたため、αが家の中に入り、中から開けようとしても、中からも開かぬとのこと。αが小母さんを裏の戸を中から開けて入れたが、鍵は結局開かず。

⑤当然、最初に、XT子小母さん自身がやっても開かず。

※通常は、何か鍵の癖を知らぬ人ならば、誰が開けても開かぬと判断される。また小母さんは(C)より自分で開けられぬ可能性が高い。

(B)XM氏が我が家へNT組合費の徴収で来訪(10月27日)。
 XM氏「鍵の110番類への電話は困る。鍵はおふくろはいつも開けているのに」であった。

(C)後日見かけた気になる場面について。

①11月6日午後5時頃。デーサービスの担当者らしき人物と小母さんが帰宅。前者が鍵をさし、いろいろやっても開かぬ様子で苦労していた。その内ようやく開いたようである。因みに、このとき、小母さん自身は鍵を開けていなかった。デーサービスの担当者が開けていた。

②11月13日午後5時頃。上記のデーサービスの担当者が鍵を開けていた。私は超多忙のため、この日は簡単に開いたかどうか確認していない。少なくとも小母さんが鍵を自分で開けていなかった場面のみ目撃した。
 ※上記(C)①②以外は、超多忙で、XM家の確認はしていないため不明である。

(D)忠告。
 これから寒くなり、もし鍵が開かぬとき、更に近所に誰もいないときには(携帯電話も持参されていないこともあり)生命への危険も危惧されるため、本日でも早急に小母さんの鍵があくかどうか、小母さんが自分で本当に開けられるかどうか、確かめることを勧める。

 なお、私自身は母の一周忌が済んだら再就職活動や、出版社へ送付する原稿の資料調査などで各地を飛び回ることが多くなるため我が家不在が多くなる。そこで、前回の如くとき、私が不在時は多々でてくる。さらに、我が家、KK、HM、HA全員不在や、その他の家も不在時もありうる。遠方の家は誰かいるかもしれないが、これから日が早く暮れるため、懐中電灯無しで歩くのは危険な場合もある。それ以上に、(A)があった以上、更に(C)の①があった以上、早急に対処されることをアドバイスする。

2013年 11月14日(14時半記述)15時過ぎXM家ポスト投函予定
浜田隆政
○○ XM 様

2018年8月30日