【徒然・私事】№142:長期危害連続―心当たりなし。友は人間違いと言う(8)―付録

このエントリーをはてなブックマークに追加

気が向けば一言【徒然・私事】№142:長期危害連続―心当たりなし。友は人間違いと言う(8)―付録


【更新履歴】

下書き・メモ段階公開2019/05/21 2:24

2019/05/23 3:00追記。これから就寝して、起きてから清書予定。

修正や追記は、徐々に掲載予定。

2019/05/23 17:03 正式公開 17:20微修正



(2019/05/23 2:38記述)
何故、駿台講師時代の件を今頃書くのか、私も不思議以上のものである。
トラブルと思わされた件は、既述の如(ごと)く、女性の件と思わされていた。しかし、既述の如く、どの女性にも指一本触れず、デートはおろか駿台の外でも会わず、駿台の中でも人前でしか会話はせず、会話時間も一人当たり六年合計で十分程度である(結婚決まった後の祝い話などを除く)

通常ならば、駿台辞職後には当然忘却する話である。さらに、女性人が駿台を辞めれば、誰も脳裏から消え去る話である。
それにも拘(かか)わらず、不思議なことが三点あった。

一点目は、駿台辞職するや、岡山の短期大学校の生徒がガラッと変わったことである。職員も同様に近い。そして、駿台辞職して十年後にこの短大を駿台と同じ月に辞めることになる。

二点目は、岡山の短大講師を1998年1月に辞めてから、岡山の短大ではなく、何度も駿台時代の女性の件を寝ているときに催眠問答などで問われたことである。駿台時代に、学外で刑事犯罪被害に遭った件は重要である(学内での事実上の授業妨害も同様である)。だが、上記の女性の件などは通常の大の大人が話題にする次元ではない。

三点目は、かなり前から、駿台時代の件は、誰かが、ある人物と私とを人間違いしたことから起こったということを友人などが明言したことである。
そこで、この件に関してSNSに二つ掲載した事項を今回、付録として収録しておく。

 

(1)Facebookに「東京人間違い旅」記載。(ポップアップしないときは、下記オレンジリンククリックか同一文をその下に掲載)

https://www.facebook.com/takamasa.hamada.92/posts/2095386393864435

https://www.facebook.com/takamasa.hamada.92/posts/2095386393864435

 

(万一、ポップアップしないときに備えて、同一内容をTwitterも含めて以下記載する)

○https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1124177452945690625

(May 3)15:47追記。【📷#巨大写真】
2017年Field-東京。人・家違い連続の旅
#田中正造 ゆかりの地
#雲龍寺 #館林 #群馬県
下記↓📷巨大写真HP
👀http://takachan1.xsrv.jp/ginou/custom7.html


写真右が #田中正造記念館 外の展示 #館林市
左2枚雲龍寺

📢何故 高い📷#D800 か。
次の幻想 #姫路城 等のオリジナル撮影技法上不可欠。
田中正造記念館再撮影で実証。
いつの日か再訪問できる資金が入るように🙏(合掌)

尚、この旅直前の2017年11月10日に、#法務局・#人権擁護局封筒 が我が家ポスト。
参考=http://yasuragiblog.h-takamasa.com/?p=12499

№17-100・トラブルの危険性ある人権擁護局封筒(処理対応待ちを参考公開)

住所は我が家も宛名は別人。
(1987年にはS予備校で 法務局…の差別文書を[真偽不明もK先生から…と言って]見知らぬ人物から手渡され事件あり=2008年まで、姉と親友一人以外には意味不明と超多忙で相談できず・していない。)
2017年は法務局に処理相談依頼などで東京行き延期から始まり妨害だらけであった。だが、 #佐野市 と #館林市 を間違え訪問は必ずしも無意味ではなかった。

ちなみに、前年・2016年の フィールド #長崎・ #水俣 も妨害だらけであった。厳密には長崎県の方が特にひどかった。
この時の妨害は #丸山和也 氏の(我が友)#オバマ 氏 への不快発言から開始していた。
彼の非常識・無礼言動日は、私が #田上富久 #長崎 市長に 2016年2月17日付けの手紙を投函した日と同一。
フィールドワーク長崎は妨害だらけ。
📢重要参考📢
=http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16432

日本のフィクサー〝ME〟続編メモ(五)・オバマ大統領の思い出と秘話:5・長崎市長に手紙を送付日から長崎訪問妨害開始


ちなみに、S予備校講師時代 登場人物女性?と #丸山和也 氏 と同一高校。偶然とは思うが?
ただし #人間違い は同S校在籍時の?から既に起こっていた疑惑あり。
それもあり、#駿台 予備校講師時代を現在回想中。
同時に 公式HPのプロフィールに膨大な追記を…
S予備校と #駿台予備学校 が同一かどうかは暫く?とする。

 

(追記資料)

○https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1130312853246713856

上記を記すと、最近 #丸山穂高 発言が起こる。まるで???示唆の如く

(2)人間違い関連に関係するTwitter記載

○https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1124666961852375040

(ポップアップしない時は下記文章参照)

19-122-6【人違い】 本日、耳鳴り下で催眠型で記述させられたため122-4は以下訂正。 比較用に数時間併行掲載した後で削除。 インタネットは不特定多数の人が見るため、正確な表現が不可欠。又他人のプライバシーに配慮しつつも、私の人権問題とそれの天秤問題もある。   

(当初記載)
19-122-4【人間違い】
私の偽者(にせもの)もしくは誰かが私の名を無断使用した→人間違い要因と随所で指摘も。
#駿台 時代の?期から。
#官邸 #アメリカ政府 高官…。 一部の一般人は相当前から知っているよう。
感想 裁判所で判定かつガラス張り全面公開🙏
また四という数字が随所で強調される謎

(修正後)
19-122-4該当【人間違い】
私の偽者(にせもの)もしくは誰かが私の名を無断使用したことなどが人間違い要因と随所で指摘 暗示もしくはその種の演技が幾つもあった。真偽は現時点では不明である。

ただし、以下は事実である。
①私の偽者がいくつかの場所で出現したことを臭わされる演技が多数存在したこと。
②浜田隆政という同姓同名で漢字まで同一人物が、私の初めて電子書籍出版にあわせて、突如、全く同一日・2015年1月30日に高価な本(五千円以上)を突如出版してきたこと。
③我が家と同一番地の家が幾つもの地図上二軒長期存在していたこと。
④上記との住所間違えのトラブルが多数あったこと。
⑤また全体のトラブルの本質要因を人間違いと断定した友人がいたこと。
⑥同上を暗に指摘した人物が多数いたこと。
⑦官邸、アメリカ政府中枢部等々は上記の情報を所有しているとしか思えぬこと。
⑦私の偽者(にせもの)もしくは誰かが私の名を無断使用したことなどが人間違い要因という暗示的仕草や演技が幾つかの場所で見られたこと。私の名字ではなく名前の方の無断使用は現時点では具体的な証拠は見ていないため、暗示・仕草・演技と正確に記述。名字は一般的な名字のため、その名字の本当の使用者は多数いる。

(推測事項)#駿台 時代のトラブルの不自然さ、更に辞職後も尾を引いて見える不自然さから、上記人違い (若しくは本当に偽者が出現していた場合)は 駿台講師時代?期からの疑惑がある。
要するに、私ではない人物がしたことを、私がしたと勘違いした疑惑である。HPの偽サイトに引っかかったのと同一の話である。

(感想) 裁判所で判定かつガラス張り全面公開を願っている🙏

(意味不明事項)四という数字が随所で強調される謎がある。被害をうければすぐにこの数字を誰かがだしてくる謎がある。

(その他)
「誰が」私と?を人間違いしたのか。
?は何をして、誰が怒ったのかも、私は該当者ではないため、現時点では不明である。
誤解ならばいずれ検討もつこうが人間違いでは、?のしたことなどは検討もつかない。

公式HP等のプロフィールの追記を現在することが、当面は重要と思われる。


2019/05/23 2:38 今回の追記。(17:19追加も行う)

当初、岡映氏との関係も臭わされたが、それは違う。
一つは、岡映氏と私とは随所に掲載したごとく、同一食堂のママさんから、生徒指導の問題の相談相手として紹介された食事友達にすぎない。
私の公式HPプロフィールなど参照。

http://takahama-chan.sakura.ne.jp/profile.html

更に岡映氏(部落解放同盟元委員長、分裂後は全解連初代委員長:現在は同組織は全国地域人権運動総連合に改組)は、部落解放運動が分裂した後でも、私と食堂で出会った頃(1981年頃)は、岡山行きのバスに乗られるときでも、大阪行きのバスに乗られるときでも護衛もつけずに一人で乗られていた。
人柄のせいか、岡さんと対立しているグループも岡さんを襲撃することはしていなかったようである。
岡さん自体を襲わないのに、岡さんと単なる食堂で出会った私を狙う人はいないであろう。
さらに、駿台辞職時は1988年である。
その上、駿台内で岡映氏の「お」の字もだしたことはない。岡さんにも駿台の「す」の字も言ったことはない。それどころか、駿台時代二年目(1983年)にアパートを引っ越しした関係で岡さんと出会うこともなくなっていた。
また岡さんとの関係の誤解ならば「勘違い」と言う。だが友人は「勘違いや誤解ではなく、人違いが原因と」明言していた。

□ ※「岡映画氏との出会い」は下記参照(今読んでも、分かり易いのみではなく、生きた歴史の流れも分かろう)。同時に岡さん自身が当時、誰にも狙われていなかったことが分かるであろう。岡さんが新左翼学生に囲まれたときに岡さんが言ったことばなどを参照(これはブログの2の方である)。なお、この原稿の下書き中に、丸山和也発言が起こる。それらは私のブログの「丸山和也発言」の項目を参照。○http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=5666。○http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=5702

徒然なるままに№2・全解連初代委員長・岡映氏との出会い(1)

徒然なるままに№3・全解連初代委員長・岡映氏との出会い(2)


 なお、岡山短大での労基法違反については、「雇用促進事業団」(所管旧労働省)との交渉のため、高校二年時の担任・内田喬先生に立会いをお願いしたが、癌ということで断られた。
そこで、岡映氏に交渉立会人依頼を、岡さんを紹介してくれた食堂のママさんにお願いした。だが、「岡先生は、今、足が悪いので無理」ということで断られた。なお、岡さんには「雇用促進事業団」(当時職員五千人)・「岡山短大」の件は直(じか)には相談していない。
その結果、交渉立会人は地元の町議・新免昌和氏にお願いしたという経緯がある。詳細は公式HPのプロフィール参照。なお、この交渉は全面録音したかったが、新免氏が事前に相手に通告した方が良いとのことで、交渉の録音の件を申し出ると、即座に断られた。通常は録音し、必要時には全面公開が筋とガラス張り主義者の私は思う。
なお、駿台時の交渉は上記の誰にも頼まなかった。その結果、訳が分からぬ形となっている。弁護士には相談に行ったが、門前払い以上の対応となった。それも党派中立に拍車をかけた。
内田喬先生については下記のブログで紹介している。U先生のことである。○http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=4933

徒然なるままに・第一回高校2年時の担任U先生の思い出―高校生の私と教師がパチンコ屋で出会ったときに先生が言った言葉



なお、前回の原稿で、NM(若しくはCと記述の女性)には催眠型で熱をあげさせられたと記載した。奇異と思われようとも事実である。
それが証拠に1986年に岡山の予備校でも、「私とは伴侶として全くあわない」と思っていた女性二人に同様に、不思議な形で突如熱を上げさせられていた(女性達が職場を去った一年後には、当時は「催眠」など思いもしなかった時期であるが、私自身が「なんで」熱をと首をかしげた)。そして、物語は駿台時代と相似形で推移した。また、既述の如(ごと)く、どちらの女性にも指一本触れず、デートなど一度もせず、学内でも人前でしか会話はせず、会話時間もわずかな時間である。
よって、ここでも、催眠熱は証明されている。
奇異と思われようとも、人生残り少なくなった今、事実は事実として記載しておく。
更に、既に述べた如く人生67年間の内3年間のみ女性が猛烈な勢いで登場した謎もある。

理論上は、女性に熱をあげて駿台を辞めたのではなく、私を駿台から辞めさせるため、岡山の予備校でも揉(も)めさせれるため……となる。では、何故(なぜ)か。私の方が聞きたい。いずれにせよ、私は人に恨(うら)まれる覚えはないことだけが事実である。


最後に、この話は今回で終了予定でいる。後は、私のプロフィールの充実のみを行う。よほど新たな事実がでてこない限り、この件の記述はここまでとする。不毛以上のものである。

(2019/05/23 17:02追記)

寝ている間の夢というか催眠問答が二回あったため、それを「日本のフィクサーME」型で(個人情報保護・他人のプライバシー保護のため)嘘を敢えて5~10%入れて掲載する。

本日、午前3時頃寝たか。
午前7時半頃目覚める。

天の声:
S予備校で仕掛けた人間の一人はほぼ確定しており、更に、誰と人間違いされたかも確定しているのだろう。ならば、それを「日本のフィクサーME」型で公開せよ。

午前7時半頃。
ボン(私):
やはり公開した方が良いだろうか。

布袋(ほてい):
公開して、真偽を問いあわせられるようにした方がよいね。

明神:
ボンちゃんサー、その両者は、同一大学・同一学部で…学年も近い…。
いや、ちょっと待って。
少し考えさせて。

《8時頃、再度寝る。今度は寝ている間に、「名誉毀損問題、プライバシー権問題に配慮するため、客観的に判断できる第三者に相談してからにせよ」と暗示がかかる。それを明神君の言葉で解説しよう。正午頃起床》

明神:
ボンちゃんサー、もし、先の僕の発言でもサー、少しでも違っていたら名誉毀損問題が起こる。だから、先の僕の発言はなしにするよ。
また、違っていなくても、プライバシー権に最大限の配慮をした方がよい。
だからサー、ぼんちゃんサー、もう少し寝かせて、その上で、客観的な第三者数人の意見を聞いて、プライバシー権と表現の自由・経済の自由…などを天秤(てんびん)にかけて判断した方がよいよ。

布袋:
そう言えばそうだ。


以上。


(以下メモ。便宜上、備忘録用の上記との関連ではないメモ)


ここで文章は切れる。
物語がどう展開するか不明のため、本日気になったことを、話が違うが、便宜上ここにメモをする。
後はフィクション「日本のフィクサーME」用のメモにすぎない。便宜上、忘却しないようにここに備忘録としての掲載にすぎないことを再度強調する。


はかせ:
おっしゃる通りですな。
それでもですな、今までのの話とは無関係かもしれませんが、他人に自分の家の住所を使用させるのはまずいですな。

ボン:
僕も困っている。

明神:
ボンちゃんサー、原則は、他人の名前・住所を無断使用してはいけないということだ。
万一、使用する場合には、相手の許可を取った上で、ボンちゃんの住所を明記し、ボンちゃんの名前を記述し、その後で併記すべきだ。
例:ボンちゃんの名前が鶴亀光太郎で相手が▼▼の場合。
岡山県○○市○○△△番地。鶴亀光太郎様方 ▼▼だ。
常識だろ。
次に、何かのミスがあった場合には、即座に、相手に知らせる。そして双方で対策を即座に練るだ。
同時にサー、ボンちゃんも継続的に言い続けた方がよいよ。

ボン:
当然、ほぼ毎年言っているよ。
本年(2019年)も、XXさんの家の田んぼが我が家の住所になっているので訂正して修正してほしいと言った。
更に、村の営農担当者にも口頭で伝えた。
また、別に市役所で確か3月15日に、「無収入申告時にその件を伝えた」。

布袋:
市役所はどういったの。

ボン:
担当が違います。
次に僕は住所一般の話で困っている件を相談した。
そして受付で、我が家の住所を他人が(郵便受けも含めて)使っている場合などにどうしたらよいかの相談は、(美作市)市民相談課が担当でしょうかと尋ねた。

布袋:
市役所の窓口の人はどういったの。

ボン:
「知りません。担当が違います。」
と言って、何故(なぜ)かその話には触れたくないというか、門前払いであった。
どの課で相談したら良いかすら返答せずに去っていった。

明神:
官尊民卑とまでは言わないが、憲法15条を知らないのだろうか。
最低でも、我が市では対応できませんとか、何か言うべきだろう。
担当している課があれば、詳しい人に聞いて返答すべきだな。
それが弁護士として僕がいう常識だ。
日付確認をするよ。いつなの。

ボン:
3月15日15時30分頃だ。
Twitter 19-074-1に役場に言った時間の記載があった。
別に、Excel日程表に記載していたと思うが、何故か、不思議な形で2019年3月の日程表が催眠型で上書きされ、もう3月の詳細な記録はでてこないのだ。

明神:
ボンちゃんサー、他人が自分の家の住所を使ったり、郵便受けに書いたりしたら、ストレスがたまるだろう。

ボン:
一時は、相当神経質になったよ。
しかし、これ以上揉(も)めるのが嫌で、最近はゆっくり毎年数回ずつ、誰かに相談したり、本人にやわらかく言う方向にかえたよ。
と言うのは、嘘(うそ)か本当かしらないけれども母親が次のことを言っていた。
「○○さんは、同一番地ならば、我が家(浜田隆政の家)の番地の方を変えてほしい。相手の家がその番地をつかいたい」、と。

明神:
登記簿はどうなっているの。

ボン:
我が家が正しい。
一時、同一番地が二軒存在したのは、どうも電話局か何かのミスのようである。そこから地図帳に二軒同一の家が長期存在したようである。
ただし、私は母親が「行政のミスで同一の家が二軒存在した」と言っていたので、それはややこしいと諦(あきら)めていた。
後に、そうではないのが分かり、即座にその家に正しい住所を使用するようにお願いした。相手は既に知っていたようである。

布袋:
それはおかしい。
一端、ボンの家の住所を使用していて、違うのが分かったならば、即座ボンの家に事情を言うと同時に、双方で今後の対策を練る義務がある。
その義務違反では。

はかせ:
それに、ボン様は、今や裏では世界的な有名人ですぞ。
そのボン様が、尖閣や竹島関連で何かを言えば、ボン様の意見に反する人が間違えて、別の家に何かをする危険がありますぞえ。

ボン:
僕も頭にきて、僕のHPに我が家の住所を記載しようかと思ったときがあった。すると、我が家の住所を使用していれば、ナショナリズムが絡んだことを、僕がHPに掲載すれば、相手も困るため、もう使わないだろうと思ったからだ。
とは言っても、僕がHPで発言しだしたのは2015年からだ。
それ以前はインタネットでの発信はしていない。
SNSですら実質的に2014年中頃からだ。
それ以前は理論上も被害のみだ。

しかし、僕も、年で、人生の終結まで余りない。
TVでよく対話していた星野仙一氏が死んだのも応えた。70才だ。
それどころか、同様の衣笠祥雄氏は68才で死亡だ。
僕は本年67才だ。
だから、近所関係は可能な限り円満方向にシフトした。
そこで、焦らず・怒らず、のんびりと対応する方向にしたのだ。

布袋:
しかし、ボン、開業するときには住所を明確にする必要がある。
開業をすれば、問題が解決するかもしれないね。

明神:
布袋さん、インタネットでの開業・通販の場合には、確か、日本の法律では住所・電話番号の明示は必要なかった気がする。いずれ調べて見るけれどね。
それでも、開業の際には、住所明示をした方がよいかもしれないけれどね。

ボン:
ただ、資金問題もあり、なかなか開業に踏み切れないのだ。
何故か、営業妨害が多いからね。

はかせ:
それは、ボンさんが、「差別反対」や「平等」…を言っているからですわ。
日本は民主主義社会と言っても、「差別反対」と言えば、有形無形に圧力がかかる社会ですわ。
多くの人は、表面ばかりみて、その逆と思われますけれどね。
アメリカの公民権運動のときに、差別反対と言った人がどうなったかを…。
今ですら、裏では、不明ですぞ。
……
以上、なお、人違いと住所問題を今回は連結していない。
話は変わるけれどと明記している。
悪まで、「日本のフィクサーME」シリーズ用のメモを備忘録として記載しただけである。

 

2019年5月21日