【徒然・私事】№139:長期危害連続―心当たりなし。友は人間違いと言う(5):駿台等

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気が向けば一言【徒然・私事】№139:長期危害連続―心当たりなし。友は人間違いと言う(5)。


【更新履歴】

2019/05/04 2:36公開

《 》内のみ2019/05/04 12:12追記

 



○2019/04/17 15:21から16:17に記述した内容を、2019/05/04微修正し、公開。
なお、一番下に、2019/05/04の本格的追記をしている。


本日(4月17日)、就寝中にS予備校の件で二件誘導型質問あり。
現在の私にとっては、もはや些細(ささい)な問題のため、前日記述しなかった項目である。
面倒でも、記述を即開始し、本日13時までに書きあげる予定でいた。
そして、本日、公式ブログにもう一つ「日本のフィクサーME・パート3」の序の下書き掲載予定でいたが、下記Facebookに掲載した問題が起こりどうなるか不明となる。

「ところが、フィシングサイトかなりすましサイト引っかかった可能性あり。
本物か未(いま)だに偽物か見分けがつかぬ。
念のため、メール写真、ソースデータプリントアウト、外付けへコピー保存し、サイバー110番等へ通報するか否か検討中。
ネット犯罪・脅迫は面倒も国全体で毅然(きぜん)たる対応を。」(Facebook記載から引用)

こうして15時25分記述開始。
就寝中の質問事項は二点あった。
α)1985年5~6月のS予備校講師室係Cに関して「話合い」問題。
β)1985年夏のS予備校講師室係Eさん事件?である。


結論から書こう。
現時点では明白に言える。両事件とも、私にはちんぷんかんぷんに等しく、催眠型行動である。以下、可能な範囲でそれを実証しよう。

βから書こう。
これは1985年夏頃の講師用パーティで、講師室係Eさんに、「待っていてほしい」か何かを言って握手をした話である。指一本女性にふれていないの例外がこの握手である。

不可思議な項目だけ箇条書する。

①この日、私はE氏がS予備校講師パーティに来ているとは全く知らなかった。よって、こうしたことを言う予定も何もなかった。講師パーティには先に書いたように職員幹部(男性)しか通常は来ない。この日は受付としてきていたようである。

②受付はトイレ問題もあり、通常は複数のはずであるが一人であった。

③「待っていてほしい」類を言わされたが、「何を待っていてほしい」という意味なのか全く、言った私自身が今も、当時も分からない。

④実際に、何もEさん向けに動く予定はなかった。当然、次回会うときの準備もしていない。そこで先の言動は言った私自身が意味不明である。これは当時もそう思い、後の記録でも随所に記載している。

⑤言った場所はパーティ会場入り口であり、中には多数の講師がいた。ドアがあいていれば見える箇所での握手である。

⑥この頃はまだ、Dさん、Eさん、どちらの性格も何も分からず、見合い該当を計画するとしても、どちらとしたら良いか不明であった。よって、動くはずは百パーセントない。(ちなみに、現在でも、全く性格は分からない。会話量から言っても当たり前である。)

⑦訳のわからぬ「まっていてほしい」を言わされた後、予定もないのに「こんなことを言ってどうするの」と戸惑った。当時は催眠なる状況を知らなかったが、何を待って貰(もら)うのかは言った私自身が全く分からず、呆気(あっけ)にとられていた。

以上。

もし、これが契機でEさんと話が進行しそうになれば、それ以降はどうなったかシミュレーションしてみよう。
まず、一度、外で会って話をしたいとなったであろう。
彼女には彼氏がいたそうであり、即座に、断られたであろう。この件のすぐ後で婚約発表である
だが、彼氏がいなかったとしよう。
その場合には下記を参考にすれば分かるように、S予備校を30歳程度で辞めて家庭に入る女性ならば、断られたであろう。実際に見合いでは不安定な職業ということで、決まりかけたと思った話が壊れている。
これは既に書いた箇所を読めば分かろう。
要するに、会えば見合いでいう一回目で断られたとしか分析できない


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気が向けば一言【仕事】№121・日本のフィクサーME・パート2付録編⑩・「奇異な人生と謀略の仕掛け人・仕事編」

http://h-takamasa.com/Blog-2/a-01/news/1054/


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ところで、こうした初見合いに該当する会談の申込みを直(じか)にEさんにできるか。当時は、一号館事件の件でEさんとは少し話をしていたので、可能にも思えるが、ここは下記の理由でEさんの上司O課長経由での打診となっていたと思う。

理由は、一つは二号館は一号館ほどガラス張りではないとはいえ、会話は隣接する職員室に筒抜けである。
二つ目は監視カメラがある可能性も高い。
三つ目はDさんとEさんとの対人関係上、Eさんに直接の声かけはすべきではない。私とDさん、Eさん三人で…仲良くという問題があった。
四つ目が致命的である。
Eさんの上司O課長とは、私は親しくしていた。そしてO課長が、1985年の夏前頃に私に言ったことがある。

「浜田先生、二号館の女性に関心があるときには、僕を通していってください」、と。同時に以下のことも言われたと思う。
「先生以外でも、そうした打診はあるのです。僕を通された方がよろしいですよ」であった。
そして、流れたが前回記述の如(ごと)く夏頃に、私とO課長、Dさん、Eさん、Eさんの友達の既婚女性、+?人で食事計画まであった関係もある。
五つ目は一号館での揉(も)め方上、直(じか)にの打診は困難であり、先の有り難い言葉があればO課長経由で打診となっていたであろう。

では、何故(なぜ)しなかったか。
私はS予備校の女性と事実上の見合いをするときにDさんがよいのか、Eさんがよいのか全く分からず、動く気があの時点では全くなかったからである。(その後は、何もなければ上記の合同食事…であろうが、結論は下記の如く出ていたであろう)。
逆に言えば、会う気があれば、O課長に相談していた。結構仲良くしていたこともある。
一号館の課長は独身であり、さらに、接待にはつれていってもらったが、そうしたことを頼める関係にはなかった。

《まだ見合い相手としてDさんかEさんか決めていなかったが、仮にEさんとの見合いの件を》O課長に相談した場合にどうなったか。{《 》内のみ2019/05/04 12:12追記}
一応、かなり正確なシミュレーションをしておこう。
98%の確率で、一回目の見合いの前に、O課長経由で断られていた。一対一で会うことすらなかったであろう。根拠は明白である。この年の8月頃に(この件の一ヶ月後頃に)、Eさんは長くつきあっていた男性と婚約をしたと聞いたからである。

だが、万一、彼女が迷っていて私と会談したならば。この頃は、相当揉(も)めていたのでO課長同伴であったのではないかと思う。その場合には先の「不安定な職業」の状態ということで、通常ならば断られるであろう。
例外は、生涯仕事をし続ける予定の女性のみである。霞(かすみ)を食っては生きていけないという原則がある。
ただし、清貧を理想とし、共にバイトをしながらでも生きていこうということもあろうが、そういう女性はS予備校職員にはいないであろう。
玉の輿(こし)が待っている人が多いのが実状である。
もし、不安定な職業でなければ、S予備校女性以前に見合いで決まっていた。私が乗る気で、相手もその気に見えて、断られたときにはいつも「仕事が不安定なので」が原因となっていたからである。

そうしたシミュレーション抜きで、私はEさんにアタックするなどの結論は出したことは一度もなかった。Dさんに対しても。まだ検討中以前の段階であったことが全てであり、催眠で「意味不明な」言動を突如いわされたことが全てである。


(2019/05/04 1:31追記)
当時も、客観的に考えれば、小学校か中学校の恋ごっこの如(ごと)くドタバタ劇に見えた。ましてや、あれから34年経(た)った今、上記の記述をして何になるのであろうか。

我が友・ミスター・オバマは、この文章を読んで欠伸(あくび)するであろう。娘のマリアさん(現時点で20才)とナターシャさん(17才、一月後には18才)は、「もう十年早ければ興味を持つ話だけれど、今の私達では、そんな話は興味ないわ」、と。ミシェル・オバマ夫人は、食事の準備で忙しいのと。犬二匹だけが「bowwow」と言うであろう。

もし、上記が正式なアタックとしてすら、断られ終わりのため(Eさんはその一月後に婚約のため)、私が人に笑われて終わりというだけの話である。三十年以上尾を引く話では一切ない。
人生後がさほどないかもしれない私には、現世ですべき事項、大義のある事項が山積している。何故(なぜ)、今頃、S予備校の話を記すのか全く分からない。
ただ、Dさん、Eさんが仕事上で、丁寧(ていねい)に対応してくれた件だけは、私は記憶に留(とど)めたいだけである。同時に、「Dさん、Eさんが今後も幸せでありますように」と書くだけで十分ではなかろうか。万一、道で会い、相手が小さい子を連れていれば、「可愛(かわい)いお孫さんですね」という会話しかしないであろう。


なお、一つだけ気になることを記す。S予備校の件は、誰かと私の人間違いから起こったと臭わされている。もし、それが事実ならば、どの時点で私と?との人間違いをしたのであろうか。

何人かの教師が私の履歴書を見たような話をしていた。そのときからだろうか。もし、そうならば、私がCに手紙を出す以前となる。ちなみに、その頃は、誰のミスか不明であるが、我が家と同一住所が……頃でもある。その他、私の偽者も最近は多いことも事実である…。


最後に、昨日(2019/05/03)、安らぎブログに追記した内容を、一言ブログにも添付しておく。

尚、S予備校が駿台予備学校と同一かどうかは厳密にはしばらく保留としておこう。少し期間を置き、明白にするか・どうかを決めよう。


(2019/05/03解説)
駿台在籍時に下記の件があった。
☆☆☆☆☆
19-113-3【#私事】
#営業妨害 #職業選択の自由 剥奪は1987年 萌芽1984年
原因→S予備校女性の件?
指一本触れず、学外で一度も会わず、学内でも人前でしか会わず。
会話量も一人当たり6年合計10分程度で。
しかも私の方がふられて?
35年以上の危害。そんなバカな。
友は人違い危害と明言。
明日✎
☆☆☆☆☆
○https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/1121235086131679232

☆☆☆☆☆

1987年後半からは学内での授業への支障が続く事件が頻発する。学外では(拉致されかける等)刑事犯罪事件に遭遇(そうぐう)した。その結果、1988年1月に駿台を辞職した。(正確には辞職に追い込まれた。)
辞職するや、突如、第三部登場の岡山短大が一変して、ここでも被害連続。被害が強すぎ、1989年末から1993年末、鬱(うつ)病を激しくした状態に陥り、思考機能が大半停止する。やがて1993年大吐血を契機に意識が戻る。
戻ると同時に、駿台時代の(犯人不明の)刑事被害を忘却していた。
その被害を思い出すのは、1998年1月の岡山短大辞職後である。
そこで、第二部補章(1995年記述)、第二部補章―追記1(1997年記述)には駿台時代の(犯人不明・駿台関与不明の)刑事犯罪被害は登場しない。

この被害を思い出したのは第三部岡山短大辞職後である。
なお、奇妙なことに、岡山短大辞職経緯は駿台辞職経緯と類似があった。ちなみに前者のピークは1997年であり、後者のピークは1987年である。そして辞職は前者が1998年1月、後者が1988年1月である。
更に、岡山短大運営者・雇用促進事業団、所管団体・旧労働省などへの交渉文章記述中は何故か、1998年や1997年が1988年や1987年に置き換えられた疑惑事件が頻発した。

2007年頃から記述を開始し、ペーパー版を出版社へ送付した『閉じた窓にも日は昇る』に事件の経緯を記している。今回は追記―2と追記―3に簡単に刑事犯罪被害を記している。

その後、(永久の世の)映画説と思い観念した後は、駿台の件は再度忘却していた。しかし、2013年か2015年頃から駿台の鉛筆などが我が家の至る所に置かれていた。若しくは当時ミスでもって帰っていたかもしれないものが、突如、置いた覚えがないのにどんどんあらゆる箇所からでてきた。

しかし、今や、裏では世界のミスター・浜田である。更に、体力問題や意義から言っても、駿台に復帰意思はもはや全くないに近い。そして、このままでは、国民年金(年約70万円)のみのため、生活保護への道のを回避するため、起業にまっしぐらで超多忙である。だから、駿台の件を思い出すのは時間の無駄でしかなく、起業妨害でしかないというのが本音であった。

ところが、2014年頃から、偽者や人間違いが大変強調され、実は、駿台での女性に絡めた問題も「人間違い(ひとまちがい)」が原因という指摘が随所でなされた。だが、私には起業、更に大義がある事項が山積しており、残された人生で駿台の件を取り扱うのはためらいがあった。(もっとも、人間違いの指摘は2000年前半頃からあり、2012年には友人が人間違いが原因と言い切ってもいた。)

だが、多くの人の指摘などから、やむを得ず、再度駿台時代を振り返ることにした。そこで、以下の項目を順次公開開始した。
①『求め続けて』第二部駿台時代の中から、第二部の補章だけを連続で再度掲載。
一度、二年前に安らぎ文庫HPで掲載済みである。HPから消したのは、出版予定であり、その場合の契約とすれば、HP等で公開している場合には削除条項があったからである。今回も、その理由のため、安らぎブログでの暫定(多分半年か長くて一年程度の)公開である。

②気が向けば一言で駿台での女性に絡めた問題(女性問題ではない。女性に絡められた問題である)を、ありのまま掲載中。小学生か中学生の恋をもじったドタバタ劇であり、時間のロスであるが、やむを得ず開始した。
同時に、1984年夏から87年夏にかけてのみ、私に好きな振りか好感を持っているように見せた女性が20人(2か月に一人の割合で、しかも山頂など女性に会うはずがない場所を含めてあらゆる場所で)登場した謎なども今回ありのまま記している。
人生67年中、この三年以外は皆無にちかいのに。

③私の全体仮説は、永久の世の映画説である。
それらは出版待ちの『閉じた窓にも日は昇る―付録編』に記述している。というのも、生まれて暫(しばら)くしてから、数年か一年に一度程度自己意思に反する行動が見られた謎があるからである。だが、1984年夏以降はその逆でない日がその数値に近い状態となっている。
そして、映画説の中でも現世で「人間違い」による危害が最近強調されており、その部分が上記の過去と異なる危害頻度の原因と臭わされ、過去の問題の検討を強いられることになった。それらを上記②などで、今、吟味を開始した次第である。

④最後に、『日本のフィクサーME』シリーズで登場する事項との関係は必要がでれば、公式ブログに掲載予定でいる。

◆では、1997年記述の補章―2:追記―1を1997年当時記載した内容を以下掲載する。
ただし、誤字脱字は2007年頃修正した可能性がある。だが、1997年記述箇所は当時の岡山短大学生全員に配布しており、改竄(かいざん)は不可能である。

(全文は下記)
http://h-takamasa.com/Blog/?p=11575

補章-2:追記―1・授業の苦しみ:(1997年1月18日授業の後記す)

 


{以下は、下書き段階から次回以降分以降を(6)(7)として公開予定。}

(以下は、下書き段階から次回以降分以降を(6)…として公開予定。)
☆下記のS予備校と駿台が同一かどうかは、後日検討してから、回答する。

(2019/05/06)昨日起床時、消したはずの二階階段廊下の電気が点灯。だが、一日無事に過ごし、最後に、日程表記述しようとするや零時頃から翌朝午前四時にかけて駿台の件で独り言開始。明白に催眠類。
だが、下記αとβから、本来記述は必要ない。確定申告で言えば、必要経費などを引き、納税学ゼロ円が決定した後で、医療費領収書、保険掛け金などの書類を提出し、すべて丁寧に見てくれと言うが如しである。意味がない。提出する必要もない。

αの理由:
私は駿台予備学校の女性に対して、ストーカー行為・セクハラ行為・強姦などの犯罪・パワハラ行為・結婚詐欺などは一切していない。これが全てである。それ以上は必要ないが、参考までに記せば、どの女性にも指一本触れてない、予備校外で会ったことはない、学内でも人前でしか会話をしていない、会話時間は六年合計で一人当たり10分程度である。(ただし、学内での仕事への協力要請約10分と婚約が決まった女性への電話時間を除く。)

βの理由:
物事の本質は、女性と揉(も)めてS予備校辞職ではない。どう分析しても、私が辞めざるをえないようにするために女性人(陣)登場、若しくは女性人に何かを依頼したとしか分析できない。それらは、『閉じた窓にも日は昇る―付録編』(出版待ちの本)に記述している。
これは、結論が先にあり、その結論に何が何でも合わすという形で、物事を進行させられている。謀略を練り、謀略にかからねば、別の謀略を。それでもかからねば、後に述べる催眠まで動員。だが、アクシデントで催眠ミスがあったならば、無理矢理解釈でこじつけを行い、物語を進行する。こうした手口が随所に見られた。

γの理由:
上記に記した、催眠(私の外的リモートコントロール)で動かされたとしか、思えない事項が相次いだ。上記の全責任は、私ではなく、催眠類をかけた人間にある。私は被害者でしかない。

特に、最初の女性への手紙は明白に催眠類であり、大変問題があった。
私は相手の性格などは全く分からない段階であった。そこで、万一、手紙作戦が上手くいっても、私が思っていたとは全く違うと思い、私の方から断る危険性すらあった。こうしたことは失礼どころではない。よって、会話もできず・出会いの手段もなく・性格も全く分からぬときには、一切近づかないことが常識と思う。もしくは、誰かの見合いの斡旋(あっせん)をまつのが賢明である。問題が何重にもあった催眠である。
記す必要もないが、S予備校ないでの付き合いが可能となれば、全て、結婚前提ということは言うまでもない。


★βの証拠は、1984年1~3月の間にGさんに手紙を出すか・どうか迷い出せば、いきなり岡山から庭瀬への列車内でであう。Cさんの住所所か名前も分からぬので、手紙を出すのを迷いかければ、座った席の前にCさんのフルネームの入った定規がある。…
さらに、84年夏から87年夏の間に、私に感心か好きな振りをする女性が20人(軽度もいれれば30人)登場する。それも、職場のみならず、食堂でも、気分転換に言った飲み屋でも、飲み屋でも、静養にいった薬草風呂でも、…人がいないと思った山のてっぺんでも…。また、S予備校で起こったのと相似形のことが、岡山の予備校でも起こる(二人が同時に…しかも指一本触れず、デートどころか学外では一切会わず、学内でも人前でしか会わす゛…と)。…書けばきりがない。それも人生67年中わずかこの三年のみである。

なお、山城・備中松山城のでは、枚方から来た女性である。後に、1987年夏頃に小浜にいくことになった。待ち合わせ場所は枚方の某箇所である。私は方向音痴であり、岡山から枚方まで自家用車で行って、指定された場所にいくことはまず不可能な可能性があった。カーナビもない。枚方にも行ったこともない。そして極度の方向音痴である。すると、その前日頃に教え子が大阪から来て、私は枚方出身なので、その場所に案内しますとくる。万事が万事こういう流れであった。もはや偶然ではなく、さらに後の流れと併せれば、私を仕事から放逐するために、何人もの女性が登場したとしか思えない。
しかも、付き合い方は駿台女性の件と同一か類似である。勿論、私の方は結婚前提でもある。

★γのメモ。
Cさんへの熱の契機は、以下と同一であった。「あなたは三本目の電信柱を見たら、熱をあげる」という形である。かすかな記憶ではCさんと高校生コースの子の目があい(多分、1984年1~2月の間か?)、火花が散ったような感じをうけた。その瞬間から催眠状態になった気がする。
1983年末までは1983年夏に熊本・水俣で会った女の子に関心があり、年賀状で思い切ってだすか・出さぬか迷っていた覚えがある。それが、突如…Cさん熱に…。
ちなみに、Cさんは1983年にS予備校に来た。最初は私の関心を引くようなことをしなかった。わずかな会話をし、私とは生き方が違うと夏前に結論をだし、夏に水俣で水俣病の学習に来ていた女性に強い関心を抱いた。すると、もう安心と思ったか、Cさんが子供をあやしたり…という形で私の関心を引こうとしたようにも思える。
だが、私の方は水俣の方に…であった。ちなみに、1983年は二号館講師室係の女性の顔も名前も全く覚えていない。二号館女性との多少なりともの会話は1984年Cさんに手紙をだし、Cさんが怯えた振りをしだし、二号館女性が何があったかと怪訝(けげん)な顔をしだしたため、私は無茶なことをする人間ではないことをわかって貰うためにやむを得ず会話を開始しだした経緯がある。

本来αでももって、もはや確定申告同様に申告義務はない。さらにβが本質のため、βの分析をした『閉じた窓にも日は昇る―付録編』を読めば物事は明白に理解できるであろう。
そこで、今回の記述は、本質をぼかすものであり、記述の必要性はない。だが、昨日色々喋らされたため、煩雑になるが1985年「仕事没頭のため、諸出来事オフセット事件」も記述しておこう。

なお、βは、私は正直にいって「永久の世の映画説」を疑っていた。ただ、最近、人間違えとか偽者説が幾多の場所で強調されている。理論上は、「誰かが、Xに何か恨みを持ち…。そして、Xと私を人間違えし、女性に絡めて職場から追放したとなる」。勿論、考え過ぎかもしれない。
だが、人間違え説類は相当な確率で事実の可能性が高い。では、S予備校の?期なのだろうか?


2019/05/05深夜零時から本日午前4時の催眠類で思い出させらた事。
「オフセット申し出すら」最初は私はノーでしないと言った。
催眠甘言「だが、お前のアタックが悪くて、相手の本心は…だったならばどうする。責任もあろう」
私「それは無理。昨年騒ぎが大きすぎた。更に、二号館の人と親睦会の約束もある…。万一、アタックの仕方が悪く…としてすら、二年は絶対に動けないし・動かない」。
友人諸君に電話などで相談。
全員が「Cさんに近づくな」であった。
だが寝ている間に「しかし、二か月くらい前迄?さんが有頂天になり。今はC自体が好きな振り演技をして気が散るのだろう。ならば、全ての問題をオフセットにし、双方仕事にだけ専念できるようにしたいと正直に言えばよい。
万一、会えなくても、?さんのからかいやCさんの好きな振りごっこは止むだろう。仕事ができるようにオフセットしろ。そして、お前がいうように、二年間程度間をおけ。そうすれば万一、アタックの仕方が奇異で…なども明白になろう」

だが、まだ、決断はだしていなかったと思う。
ところが、??さんが余りに丁寧に膨大なコピーをしてくれたのを見ると、催眠状態で、「??さんとCさん、…」とい「オフセット会談を」言わされてしまう。

要するに、ポイントは以下である。
①まだ言うと決めていないときに言わされた。先のEさんとの握手類と同様である。
②オフセットのための会談申し出。
③会談ではお付き合いの話などはしない。悪まで仕事環境上のオフセットに限定。
④なお、オフセット後、私のアタックの仕方ミスが原因と分かっても、トラブル類や二号館関係から二年間は一切動かない。(昨夜、Cさんについて…は二年間は絶対に動かないと私が決めたことを思い出した。下にも一、二年と書いてたようであるが、確か様子を見たりするために、二年間は置く必要があると考えていた。ただし、当然、Cさんに行くかどうかは一切きめていない。全く何が何か分からないからである。Dさん、Eさん、もしくは学外でその間に見合いをするかもしれない。ただ、Cさんにからむ件のみは2年間おくとした。)
⑤二号館とは男子複数、女子多数の親睦会は予定通りに行う(この時点で既に5~7名参加者が決定していた)。親睦会でも、食事やアルコール入れば、女性は女性通しで話し合い、私はO課長とのみの会話となったかもしれないが、情報類ははいるし、親睦会という約束でもある。(それでも最後に全員が言うであろう。浜田先生、食事ごちそうさまでした、と。)
⑥この後、一号館女性人が喜び回っていた。何か、罠だったのでしょうか。
私はアタック類はした覚えがないが、『日本のフィクサーMEシリーズ』登場のお嬢のモデルは「それはあたっくになる」…と(何か喜んでいたような形で)言っていた。
だが、今となれば、どうでも良いが心境である。私はアタックする予定は上記の如くなかった。だが世間ではそれをアタックと解釈すると言われれば、そうしたものかと思うが、それだけである。セクハラ・パワハラ・ストーカー・痴漢ではない。何一つ問題がない。
騒がしたと言っても、C氏などが自分からあからさまに好きな振りをしたのだから、騒ぎに関しては自業自得だろうとなる。何一つ、詫びも何も言う必要がない。しかも、その騒ぎは一号館の女性の何人かが大喜びしているのであり、相手は被害は受けてない。
記すだけ時間の無駄である。
それも、先に書いた如く、確定申告ならば、αやβ、γのいずれかの証明があれば、これらの件はもはや申告は不必要であり、誰もが面倒と感ずる話である。

⑦親睦会は、もう、ややこしいので中止とした。だが、Eさんなどが、何人かに話して確約を取ってくれていたため、筋から言えば実行すべきであった。親睦会はデートでもなければ見合いでもない。筋は通すべきであったが、もう、疲れていた。



2019/04/17 19:25追記。
α)1985年5~6月のS予備校講師室係Cに関して「話し合い」問題。
もう一つの事件も催眠である。
二号館講師室係などと和気藹々と話をし出すと、今度は、一号館講師室係Cさんが、何か、私の方を見てにっこりと笑ったり、その他、通常でいう好きな仕草をしたりし始めた。
通常は無視が原則である。
更に、この一年で騒ぎは拡大し、みんな祭り騒ぎの様相を示しており、トラブルの原因となるため無視である。実際に無視していた。

ところが、多分寝ているときだろうと思うが、何度か「私のアタックの仕方が悪いので、相手が驚いてことわっただけである。そして相手も、その件で後悔しているかもしれない。再度…」と。
だが、常識上、もう無理である。
最低でも一年以上、ときには二年ほど冷却期間をおかないと無理である。だが、私は年齢から結婚を焦っており、それはリスクが大きい。更に、誤解ならば誤解が解ける一、二年置いて、再アタックではない。一、二年おいて、何とかCさんとの見合いのセッティングである。
性格も分からない。生き方も全く分からない。どんな人かも分からない。話をしてみないことには何にも分からない。「先生、お茶です」「ありがとうございます」類だけでは何にも分からない。よって、まず、日本型見合いをどうやってするかである。
賢明な手段は、彼女の上司Y課長は独身かつ、揉めた件に絡んだためまずいが、上司の上司OK部長、あるいは京都高校長のKW先生などと懇意になり頼むしか方法はないのが実状であった。
よって、初デートのアタックではなく、初見合いの段取りに一、二年おくとなる。

ここで先にシュミレーションを記す。
櫻井よしこというニュースキャスターがいる。『NNNきょうの出来事』とうニュース番組で1980年から1994年頃まで司会をしていた。私は、時々その番組を見て、彼女はリベラル、更には左翼に違いないと想像していた。
ところが、彼女が司会者をおりて、自由に発言しだすと左翼の逆である。最初は、これは冗談を言っているに違いないと思っていた。だが、冗談ではないと後に分かった。
要するに、職場は勤務先であり、そこで仕事の会話のみでは何を相手が考えているか全く分からないのである。「お茶どうぞ」「ありがとう」に該当する会話の延長では尚更そうである。
こうした出会いは二十年続いても、一回分の見合いの中でも一時間分以下しか相手のことは分からない。

Cさんの件も同様で会ってみないと何にも分からない。職場の親睦会での会話すら、できない構造となっているから尚更である。職員はS予備校の労働者であり、教員はS予備校の商品である。対等の労働者同士の関係にすらなっていない以上、S予備校では何にも分からない。
同時に、容姿類は私の好みではない。私は松坂慶子・浅丘ルリ子型ではなく、榊原郁恵タイプであった。

シュミレーションを更にすれば、もし一度でも会えば(一度でも見合いをすれば、先の一言№★)に書いた理由で、職業が不安定ということで断られた確率が98%以上と推定される。
よって初見合いをしても結果は決まっていた。
ちなみに、NHKのニュースキャスターで評価をしていた女性は森田美由紀などである。見ていて楽なのが、小野 文惠(おの ふみえ、1968年4月18日 – )とか、寺門 亜衣子(てらかど あいこ、1985年8月19日[1] – )などである。塚原 愛(つかはら あい、1976年5月24日 – )もTVを通じて、色々遊んでくれたので悪い気はしない。よって、全く好みのタイプが違うのである。だが、彼女らとて、仕事場以外で会えば、先の櫻井さんの例ではないが全く勘違いをしている場合もあろう。
付き合うかどうかの前に見合いをせねば不明ということである。

性格が海のものとも山のものとも分からぬ女性と初見合いの段取りをするのを一、二年まつのはかなり躊躇(ちゅうちょ)した。要するに、「次へ」である。

第一次下書き中のまま進行していない、拙著『閉じた窓にも日は昇る・付録編』から下書き状態で抜粋する。

☆☆☆☆☆☆
こうして、お前とYKやGTを絡(から)めることにより、お前の恋相手はYK、GT、NMだと、周りを巻き込み、ややこしくする。そして(1)④イ・逆転法則に記したお前の性格(女性に複数以上寄られれば当(とう)惑(わく)するタイプ)を利用して、異性と同時掛け持(も)ち付(づ)き合(あ)い的な罪悪感を持たし、何があっても自(じ)業(ごう)自(じ)得(とく)と思い込ませる。これは刺客―2~4(S予備校での授業妨害等)の登場を自然に見せるための戦略であったそうである。
「だけど、お前がS予備校女性に指一本触れておらず、デート所かS予備校外でもあっていない以上、本当は、誰も女性の件ではお前のことは何とも思っておらず、暇(ひま)つぶしに喜んでいただけなのだよ。定年退職後にS予備校に来ていたKW先生なんか楽しくて仕方なかったのだよ。だから、お前を見てゲラゲラ笑っていただろう。途中、計画通りに行かなかったが、ただ、次のステージ、登場人物の関係で、もうごり押しをしたのだよ。ともかく、刺客―2~4をスムーズに登場させることがすべてだったのだよ。」
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どうも、『閉じた窓にも日は昇る―付録編』の方が分析も正確で、理路整然としているため、この件は順番待ちの同本を時期をみて出版した方が簡単に解説できるであろう。

だが、当時、就寝中に別の誘惑があった。
しかし、職場で仕事がやりぬくいだろう、と。
「まず、職場を平静にすることが一番である。そのためには、Cさんと仲の良い人などと合同で話し合ったら、と。
アタックは誰が考えてもできる状態にはない。第一、一号館は二号館と異なりガラス張りで、全員が注目をしている。
だが、今のままで仕事に熱がはいるか。
集団で会って、話し合えば誤解があるならば、誤解は解ける」と。
だが、私は何か罠的な雰囲気も感じて乗る気ではなかった。

そんなある日、Cと仲が良いように見えた、講師室係既婚女性TKさんが、私の資料の大量コピーか何かをしてくれた。
すると、催眠型でその日か数日後に次のような言葉をいわされた記憶がある。

「仕事が大変やりづらい。
Cさんの先輩KMさんにも参っている。
一度あって話したいがどうだろうか。
TKさんとCさん合同でもよいし、TKさんだけでもよいので」
と言ったと思う。言わされたと思う。」
ただし、Cさんだけとは言っていないと思う。
ちなみに、この頃はKMさんはおとなしくなっていたため、タイムラグがある。
1984年末頃に、Cさんが怯えまくる件で弱り、Cさんの先輩講師室係・KMさんに相談したことがある。
KMさんは既婚、更に落ち着いた感じがするため相談したのである。
所が、KMさんが、大昔塾で教えていた生徒同様に舞い上がった感じを受けた。
恰も、自分に映画か何かのスポットライトが当たったというが如く、喜びまくった。まるで独身女性、それも女子中学生か女子高生の如くに見えた。
私は高校は理科系でほとんど男性、クラブは部落問題研究会で人権に興味を持つ女性、大学は自治会再建に意欲を持ったり、婦人問題研究会で女性の人権に興味を持ったりする女性しか知らない。びっくりした。
女性ってこんなの、と。
KMさんの行動は、大したことではないため、いつか気が向けば記そう。敵意ではなく、舞い上がったという感じを受けた…。
だが、TKさんに言う数週間程度は、大変おとなしくなっており、タイムラグはあったため、口実とすれば不自然であったかもしれない。
若しくは『付録編』で分析している通りであろう。
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やはり映画説としか思えない。二〇一〇年四月二七日の就(しゅう)寝(しん)中に、第一の刺(し)客(かく)群について――女性に指一本触れず、S予備校外でもデートすらしていないのに、S予備校をどうやって追い出したか――の種明かしをされ、そして恰(あたか)も催(さい)眠(みん)の如(ごと)く形で原稿を書くよう強要された(と感じている)。その内容を以下記す。
「一号館女性NMの怯(おび)えは話題提供のみではない。あからさまに逃げ回るような形や、(芝居の如く大袈裟(おおげさ)に妙にビクビクとした演技で)怯(おび)えれば、お前は恥ずかしいのみか、講師室係に物を頼みにくくなるため仕事にならない。そこで二つの行動(αとβ)をとる。即(すなわ)ち、α・NMの上司や先輩を通じて沈(ちん)静(せい)化(か)を図(はか)ろうとする。もう一つは、β・二号館講師室係にも不(ふ)審(しん)に思われないように努力をせざるを得なくなる。
このαとβを利用して対人関係を壊(こわ)す計画を練(ね)っていた。同時にお前への攻撃の正当化を図り、S予備校で行われた(授業妨害等の)無法をお前自身の責任と思わせ、一部諦(あきら)めさせる戦略だったのだよ。この正当化は第四幕での、近隣・親戚の人の出(で)鱈(たら)目(め)行動をパッチテストの名の下に無(む)理(り)矢(や)理(り)正(せい)当化しようとしたのと同様だよ。」

α・「前者(α)の場合が、NMの先輩・KMに『NMさんに通常にしてもらうよう』にと伝言を依頼した件である。その後で、KMに授業直前等にお前を少しからかわせる。するとお前は怒る。だが周りはお前がNMに振られたことも知らぬため、KMのからかいなどには気づかない。KMにもう少しからかわせる。お前はKMに怒る。するとKMの上司の管理職・YD課長などが逆にお前に怒る。こうして対人関係をややこしくする。つまり周(まわ)りを絡(から)めさすのである。でないと、お前が失恋しただけでは、後の刺客―2~4などが自然に出現できないであろう。ただ、お前がKMに怒らないので苦労したが、何とか別の方法で、一度だけとはいえ、YD課長を怒らせることができたが」、と。
KMが、恰(あたか)も女子高校生が教師の気を引くのが度が過ぎたような形で図に乗り、有(う)頂(ちょう)天(てん)になったような形で私をからかった理由はこれで明白になる。おまけに、KMは二十代後半でかつ既(き)婚(こん)者である。そんなことをするはずは通常はない。まして職場で。上司のYD課長も当然そう思う。私もそう思う。それがからかわせた理由なのである。
「(映画説故(ゆえ)に)、NMの先輩女性KMは、無関係の教職員を巻き込みややこしくする目的で、故意に授業前に(他人に分からないように、お前、否(いな)、人間の心理を突き)挑発してたのだよ。その件で頭にきたり・気が散り困り、お前がKMに怒り、その意味が不明の上司YD課長がお前に怒り、喧(けん)嘩(か)となるように。若(も)しくはお前に更(さら)に誰かに相談させるのが目的だったのだよ。そして、ややこしくできたと感じるや、役割が終了したことになり、それで大人しくなった」、そうである。
因(ちな)みに、「最初の相談相手(KM)や二番目の相談相手(TU・NM)が、YD課長でも同じで、その場合にはYD課長で同様にややこしくする策略も練(ね)ってたのだよ。その証拠が先のYD課長との言い合いだ」、と。(勿(もち)論(ろん)、刺客―1の段階では、誰が見ても自然に見える形で行われていた。このα・前半部分がどのような形をとったかは付録編参考箇所【参考―1】参照。これを読めば、誰でも自然に起こりうる問題と考えるであろう。)
「だから、NMの最初の怯(おび)えの理由も、もう十分、分かっただろう。怯(おび)え回った振りをすれば、面白い話題提供ができるのみではなく、αとβを絡めて刺(し)客(かく)登場のお膳(ぜん)立(だ)てをつくることができるため故(こ)意(い)にやらせたのだよ。即(すなわ)ち、α・お前が困って誰かに相談するようになる。実際に(NMの先輩女性)KMに一(ひと)言(こと)相談しただろ。すると逆にKMで困り、更に誰かに相談となったであろう。即ち(KMの上司である)YD課長に相談しようとし、更(さら)に更(さら)にややこしくなったであろう。」
「お前より、男女関係では、彼女らは格上であり、NMなど手紙をもらって怯(おび)えるような女性ではない。異性から手紙をもらったり、出したりして怯えるのはお前くらいなものだ。お前は可(か)愛(わい)らしいね」、とも。
そう言えば、H係長が言っていた。
「NMさんは、美形のため、過去相当、男性からアタックされていると思いますので、断(ことわ)るのは慣(な)れていると思ったのですが。先生からの手紙(恋文)くらいで驚くとは思えないのですが」、と。
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だが、私がTKさんに相談する前にはKMさんの行動は収まっており、それを口実にするのは妥当ではなかった。
では、何故言ったか。
回答は簡単である。
催眠である。
それ以上でも、それ以下でもない。

ところが、これで揉(も)め、二号館の職員と合同での食事会は自粛(じしゅく)する羽目となった。
そして、E氏の件に続く。


ところで、もし、このときにTKさんなどときっちりと会話していたら何を言ったか。
当然、授業への協力のみである。
あわせて、Cさんの件での誤解部分があれば解きたいが、誤解部分が何かが分からないと解けないし、何も言えなかったであろう。
この時点で、最初の見合い云々などの話をする気は全くなかった。
要するに、会っていれば全部誤解がないのを、全部会う前に潰れたので、誤解ゲームが蔓延しただけである。


しかし、その頃、拙著『日本のフィクサーME』に登場する、お嬢は喜んだ。お嬢は二人の人物から合成した架空の人物であるが、そのモデルの一人は喜んだ。
「それはアタックだ」などと。
大喜びであった。
本人は否定しようが、顔や雰囲気は喜んでいた。
ここだけの話であるが、お嬢はサゾ的傾向があるのではと思うことがある。
私を虐めて喜ぶ、と。
お嬢は結婚し、子も孫もいる。
私は本当にひたすらお嬢一家が生涯仲良くすることを心から願っている。
ここ二十年も会う機会は何度かあったが、超多忙と、会っても意味がないため会っていない。怒るか喜ぶか不明であるが、面倒くさいので会っていない。
他の仲の良かった女性友達は会いたいと思っても金がない。
大昔、家庭教師をした子には金だけではなく髪もないので、会っても格好が悪い。
それが会わない理由である。


結論を記す。
この件は、突如、催眠で言わされた言葉である。
Cの先輩KMについては1984年末頃は確かに手を焼いたが、この頃はおとなしくなっていた。
私はこの件でアタックする気はなかった。少なくとも考えていなかった。
もし会えば、授業をする上での環境整備と、(催眠が解けねば)一年か二年後にCとの見合いのチャンスがあるかどうか見極めようがせいぜいの感情であった。
この会談を通じての見合いセッティングは筋上しない。
なお、二号館の女性との合同食事はトラブルを恐れ中止とした。

お嬢は何故か「アタック」「アタック」と喜んでいたが、『閉じた窓にも日は昇る―付録編』に記載した、過去の私の前例が全てである。私は単刀直入派で、変化球でなく、速球一本派です。それが全てである。


依(よ)って、全てにおいて手紙(恋文)かストレートに想(おも)いを伝えるタイプであり、戦略・戦術類は女性に関しては過去使用したことがない。第一、そうした技法は全く知らない。社会科学者らしくデータを公表しておく。過去の女性への交際申込み類の前例は、見合い類を除けば、S予備校NMや女子校同僚講師KNのときの如く手紙ではっきりとが五例程度(文面は非常に誠実に記している。文書のため相手が保持していれば証拠が残っているはずでありそれを見るがよい)、電話ではっきりとは一例程度(大学時代の先輩女性に電話で「あなたに熱をあげているのですがどうしましょうか」と)、会ってはっきりとが一例程度{大学の後輩に「付き合ってほしい」。駄(だ)目(め)と言われたので「もし一年以上粘(ねば)っても駄目か」。相手は駄(だ)目(め)。「ならば諦(あきら)める」である}、であろうか。
過去デートした女性との最初のデートは、見合い類を除けば実質上は全て女性の方からの誘いであり、私自身が誘ってデートしたことはないと思う。必死の思いで誘ったことがほんの数度あるが全部断られている。中途半端な玉虫色のアタックは過去前例はないと記憶している。女性に関しては変化球ゼロの正面突破・ストレート型であったことだけを強調しておく。他人の行動様式を私に当てはめられることは不愉快であるのみか、それでは私の性格の理解も分析もできない。第一編を読めば、私の性格の全体像に関して解説はいらぬとも考える。
因(ちな)みに、大学時代にもいろいろ女性が登場したが、(振(ふ)られても)揉(も)めることはなかったのみか、未(いま)だに全員と双方好感情を持っているはずである。高校時代の倶(く)楽(ら)部(ぶ)女性友達も同様である。なお、謀略・催眠ならば、S予備校女性の件は記述する必要はほとんどなかった。主人公は第三編労働哀史なのだから。
既(すで)に記したように女性に指一本触(ふ)れていない以上、デート所か外でも一度もあっていない以上、授業妨害・営業妨害はしてはならない。犯罪である。まして、外部で、私が刑事犯罪被害に遭(あ)っているのを承知で、それに符(ふ)号(ごう)するように授業妨害をしていたならば、これは刑事犯罪への共犯となり、明白な大犯罪となる。外での直接の犯罪行為はこれは拉(ら)致(ち)・誘(ゆう)拐(かい)未(み)遂(すい)となり、想像以上に罪は重い。当初は、S予備校外の刑事犯罪もS予備校関係者と勘(かん)違(ちが)いしたが、これはS予備校ではないと、S予備校辞職後数(すう)箇(か)月(げつ)してから思い出した。そこまでする動機がないからである。だが、S予備校内部での授業妨害(営業妨害)は確実


これ以降は、トラブルが先の女性に絡めているならば、何とか大勢を説得しなければ仕事が出来なくなると言う視点からでしかない。
今は逆である。この件について解説していたならば、人生の後がないである。本日も、二本の原稿で優先順位を迷っていた。
一つがこの原稿。
もう一つが2015年の訪米は何を目的で、(オバマ大統領宛の)何の文章をホテルにおく予定でいたか、である。当然、後者(『日本のフィクサーME・パート3』の序)を優先したかった。
それは世界にとって意味もあるし、私も書きがいがある。なによりも読者の関心の度合いも全く違っている。後者の方が同じサイト掲載ならば読者は多いからである。

人生も残り少なくなり、S予備校の女性の件はままごと・ドタバタ劇であり、もはや一切書くのは人生のロスとしか思えない。馬鹿馬鹿しいと何度言ったであろうか。
さらに次の記述もある。
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ともかく、全体として催(さい)眠(みん)・マインドコントロールが主役であったとしか思えない。その証拠にS予備校大阪校に異(い)動(どう)が決まるや一秒で、S予備校女性の件は私の脳(のう)裏(り)からは消えた。ただ、その後もS予備校女性についてS予備校内で解説し続けたのは授業妨害を止(や)めさすことが目的であった。S予備校の労働条件が良かったので、岡短で専任になるまではS予備校を辞めたくなかったからである。
☆☆☆☆☆☆
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2019/04/20 15:02追記。

小学校の頃、二つ上ほどの従兄弟(いとこ)が言った。
「隆ちゃん、□□が好きなのだろう」。
私は「違う」と言った。
すると、従兄弟が「いや、好きに決まってい」と言った。

その後、私が仮に▽▽にラブレターを渡したとしよう。
勿論、小学校のため、デートも何もする訳がない。
だが、好奇心旺盛な盛りで、学校中で大騒動になるであろう。

しかし、小学校を卒業すれば誰も忘れる。
ましてや、三十年以上経てば、誰とて子や孫のことで頭がいっぱいである。


S予備校の話は上記の例えに限りなく近いレベルである。
指一本触らず、学外でデートもせず、日本で言う見合いのセッティング前に潰れた話である。

当然、私や、該当する女性C、D、EもS予備学校を去れば、誰も忘却する次元の話でしかない。
それが未だに、危害が連続しているように思わされるのは不思議以上のものである。
当時、彼女らは24~26才くらい、私は32才の頃である。
35年ほど前の話である。
今、私は古稀に近づき、父が死亡した年齢に近づきつつある。
他方、彼女らは還暦前後であり、孫にも囲まれていよう。

会話時間もDさんなら、S予備校在籍6年会話合計時間は10分程度である。
Eさんとは結婚が決まった後での会話を除けばその数倍程度であろうか。
Cさんも、学内の状況を沈静化するため、(課長などの許可を取り、学内で正式会談した、学内の仕事に限定して)三人で話した10分程度を除けば合計10分程度である。
6年合計時間である。

勿論、何度も記すように、指一本触れていない。
職場以外では一切会っていない。
職場でも人のいない場所では会っていない。
それが数十年尾を引くなど、理論上あり得ない。
考えられない。
何らかの恨みなど買う心あたりも全くない。
そうした危害を受ける心あたりも、そうした危害を受けることも存在しない。

だから、2012年に出会った友人に、「私はそうした危害を受ける心当たりが全くない。誰か何か勘違いをしているのでは」と言ったことがある。
友人はきっぱりと「勘違いではなく、人間違い、人違い」といい切った。
何のことかサッパリ分からなかった。
4月17日、amazonからのメールが偽メールと確定した夜、先の友人の娘さんから電話があった。「父が息を引き取りました」と。
「父」とは先の言動をした友人である。
恰(あたか)も、危害者Xなども、偽者と勘違いしてたとの確定したと分かった如くに。ただし、現段階ではそう思わされているだけである。
その前に何のことか分からない。

高校、大学などで出会った女性とはデートがあろうと・なかろうと、恋愛感情をもとうと、ことわれようと全て良好な関係にある。会えば分かるが、誰とも未だに仲が良い。
会う機会はあったが、超多忙・金欠などで会っていないだけである。
会う機会とは、何人かが、「浜田さん、▽▽さんんども来るのでこない」などの誘いが各種あったが、先の理由で断っただけである。
私に金があり、多少暇があれば会っていた。もし、厚生年金か共済年金があり、引退していれば喜んで会っていた。

ところで、何故、私がS予備校の女性の話を多忙の中で書かねばならないのかも不思議以上のものである。
何で今更、となる。
同時に数年前からS予備校の鉛筆やS予備校と記されたものが我が家内で大量にでてきており、それも不思議な話である。


先の従兄弟の話を記せばわかろう。
もし、『日本のフィクサーME』に登場するオジョウに話せば言うであろう。
「マジ」。
私も思う。
「これ、何」と。
一体何なのであろうか。

再度言う。
私は人に恨まれる心当たりはまったくない。

党派中立・宗派中立をしてから三十年以上となり、確実に実行もしている。
完璧な非暴力主義者でもある。
差別をなくす活動に、受験勉強、就職活動を犠牲にして、行っていた人間である。
完全党派中立宣言をしてから、特定の団体支援ではなく、全てのそうした団体を応援する立場にある。
まだ、この世で結婚するならば、相手の学歴・出自・家柄、国籍・人種などは一切無関係という立場でいる。「そうしたことは、聞かない・調べない・(万一)耳に入っても気にしないというよりも完全無視である」。

よって、何故、私が三十年以上、危害を受け続けるのか、どの角度から考えても全く分からない。
人生後がないときに、訳の分からぬことを書く時間すらもったいない。
一体、なんであろうか。
同時に、私の読者もこの件よりは、「日本のフィクサーMEシリーズ」や「偏差値のいイドラ」などの方にはるかに関心を持っている。アクセスなどのデータや反響などが示している。
HP活動としても、この件や「写真残酷物語」などを書くと、読者は相当期間、減り続ける。どの世界でも同様である。
ニコンやキャノンが、商品の開発・解説、それどころかCMをせずに、社長の個人的話はばかりを書けば会社は通常は潰れる。
私も同様の心境である。
迷惑千万である。


追記。
私には世界に多くの友がいる。
そして、私の今いる周辺にも、大昔の友・(差別反対運動をしていた)仲間が随所に散らばっている。彼ら・彼女らの所属団体がちがっていても。
ちなみに、私は党派・宗派中立を実践している。

ただ不思議なのは、私の意思に反する行動が一部見られることである。
例えば、Cさんに手紙も何も出す意思はなかったのに、何故手紙を…などである。
追加すれば、(確か)昨日、昼寝か何かで夢を見た。
夢の中で義叔母(叔父の嫁さん)がでてきた。
仮眠から覚めるやその直後に、その義叔母の息子(私の従兄弟)が我が家へ来た。
まさに直後であった。広報15部の所を14部持ってきた。
同時に、何度も書いた、デカルトは「我思う故に我あり」であるが、私は「我、思わぬのに我あり」で参っている。催眠という言葉で記している。
だが、それでも人の恨みを買う行動はしていない。
よって1984年後半以降、全く意味が分からない。
これが全てである。

2019/05/04 12:13 一貫してみられた事は(起こす事件の)幼児性、しつこさ等であった。同時に、仕事は死活問題であり、社会発展の原動力であるが、上記の如くことに?などがかかわっても、経営などに支障がこないのであろうか。そんな脆弱(ぜいじゃく)な競争社会ならば、世界から日本は取り残されるであろう。また、教職員も、他の教師・職員との競争であり、そうした次元のことに拘わっても、生き残れる職場が多いならば日本経済に未来はないであろう。しかし、経営は必ず悪化していたであろうし、今後は…。

なお、該当予備校経営者などとは、いつでも、正面から話し合う用意はある。ただし、私の自己意思に反する言動をさせられる危険があるため、立会人同伴でとなる。更に、結果は原則としてガラス張り全面公開を条件とする。部分的可視化ではなく、全面可視化である。

2019年5月3日