【🚧下書き】カメラ論と🤡(ME)撮影目的とその妨害(催眠・工作・挑発…)から 今、日本に必要とされている教育論までを語る

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【🚧下書き段階】(2025/11/27)カメラ論と🤡(ME)撮影目的とその妨害(催眠・工作・挑発…)から
今、日本に必要とされている教育論までを語る。(新一言Blogに保存も検討)

25-331-1【📷】
昨日夕食をとるや20:00頃にバタン😴
23:55頃目覚め

📢肝腎のHPバックアップ等予定をしていない

起床するや11/22の🏔潮垂山写真は🤡が撮らず他人が撮りいれた、と。
返答よりは📢(10年分のBlogバックアップ・ファイル整理…)が重要。
あるいは記述予定原稿作成が重要

🏔塩垂山写真
No.1撮ったまま
No.2・前半レタッチ
No.3・後半レタッチ
…結論更なるレタッチで未定

No.1・撮ったまま(光の筋強調と落ち葉類をもう少しだしたい):25-022-137 _11_22_152347_01

No.2・少し加工(引き締めてみたが太陽に違和感)→25-022-137 _11_22_1523M0

No.3・光を強調(まだ作業途中):25-022-137 _11_22_1523m1

該当13枚×百通りor無限レタッチ
その中から一枚を選ぶ
(知らぬは園児否我が儘人間のみ=誰か尻をたたけ。
否、🤡に賠償を

→完成は一ヶ月:当然、超多忙で数年保留

25-331-2【📷】(写真)関連簡単に

①写真は頭(Idea)で撮る物
例:車椅子時代の #土門拳 作品:最後の撮影等は助手
土門氏はIdeaと技法伝えるのみ=だが土門拳氏の作品

②📢🤡はカメラマンではない。
📸は金銭目的原稿に必要写真に限定。
ノーベル文学賞狙い作品原稿>止む得ずFixerシリーズ>世界の歌や写真
写真は最も読者が少ない
今、写真論書く時間はない

③撮影は無料に非ず。特に📢人件費が高い

④撮影後も構想・レタッチ等処理が大変

⑤🥴(催眠)撮影ある限り、本当に必要な地の撮影費用枯渇で断念

https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=35955
最低の賠償額は上記参照
本当は大谷翔平君の年収×50年分
ピカソは稼いだだろう(但し、🤡は📷は本業道具の一つでしかない。趣味ではない)

25-331-3【📷】園児への回答
撮影技能について

🤡(ME)は🤡(私)の顔を二枚目or該当に撮る能力を保持。

写真入替…ならば、🤡の顔を二枚目に撮ってから言え
それを🤡の📷に入れ、無料でどうぞならば兎も角。
撮れぬのだろう🤣、否😭

真面目に記そう
シュバイツアー( #Schweitzer )は🎹パイプオルガンも上手い。

だが、彼の🎹オルガン妨害と彼の医療活動妨害で、彼はどちらを😡怒るか。

私にはしなければならない膨大な事項がある。
写真は下の方。
それも趣味ではない。
主目的の原稿挿入用でやむを得ず
当然、原稿に関連あるものでなければならない
本当に記すべき原稿は妨害で頓挫中


(徐々に)🤡の政経論も記そう。
教育論。今、日本で必要なのは「高等教育」ではなく「園児教育」の方。
園児教育・幼児教育の質を向上させる政策を検討中。
科学的情操教育論も徐々に検討中。
そうすれば「東大園児生」「東大幼児」は減少する。
政治家は言うに及ばず。

これは日本のみならず、アメリカを含む世界にも言える。

園児教育・幼児教育・児童教育が成功すれば、暴力団は…。
それ以上に政治家の贈収賄はなくなる。
勿論、戦争もなくなる。
平和の経済学樹立にむけて多数の学者、役立たぬ大学教授を含む教師から真の教師が出現する。
駄々っ子園児型青年から本当の生徒・学生が誕生する。
そのとき、戦争もなくなる。

新たな政治・経済論も書かねばならぬ。
本当はノーベル文学賞狙い作品(「旅に心を求めて」「生命への畏敬(Reverence for Life)」シリーズ…)作成がライフワークであったのだが。

※「旅に心を求めてシリーズ」は『旅に心を求めて・不条理編(上)』と『同書(下)』(Kindle、KOBO各百円)でストップ中である。それも後一度最後の文体の手直し前状態である。本来は、「旅に心を求めて」シリーズは20巻程度を予定していた。

『生命への畏敬(Reverence for Life)』はいずれもメモor下書き段階で1997年後半から妨害で中断中である。だが幾つかの産物はうんだ。交通事故死者数激減や第二次世界大戦での戦争加害者と被害者の僅かではあるが和解等(ただし、それもまだごく一部でしかない)である。

カメラは上記の作品への挿入写真を著作権対策上、開始したのにすぎない。
だが、肝腎の(本当に書きたい)原稿妨害をカメラも悪用され、催眠・挑発・工作で阻止されているのが現状である。
ノーベル賞が凄いとは言わないが、生存中にノーベル文学賞(もう少し時間と暇があり、若ければ新たな経済哲学樹立も検討していた。そして、奇跡が起こりノーベル経済学賞も…であったがもはやこちらは無理)は妨害だらけであった。(ただし、「ノーベル平和賞」はおこがましい上に、他に受賞すべき人が多数いるであろう。その人達に譲る。)

某写真を私が撮ったか否か、阿呆か。
余分なことをせずに、自分の子供・両親、祖父母、孫のことでも考えておけ。これも幼児・園児・児童教育の欠如の露呈でしかない。

再度言う。
先進国日本に長期必要とされているのは「高等教育」よりも「幼児・園児・児童」教育である。情操教育などが特に不足している。何故ならば情操教育できる教師が滅多にいない。情操教育をできる教師を養う大学教授も滅多にいない。
それらの設計する官僚も・政治家もいない。何故ならば、彼ら・彼女自身が大きな幼児・園児なのだから。

2025年11月27日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : TAKAMASA HAMADA