新一言№009・写真とプリンターに関する危害と更なる挑発・謀略について…

2022/08/29 15:27下書掲載

2022/09/02 23:45 本格追記をして正式公開

2022/09/03 10:30 大幅追記と修正。10:37微修正。10:47微修正

2022/09/20 1:40Titleの誤字修正

2009年11月撮影の件で今尚、挑発・危害と催眠あり参るよりも😡。
昨年頃秋頃から🖨(プリンター)が何台も長期不調が続く。
昨年秋に1か月~2か月かけて問題を解決したと思えば、本年も再度同様な症状となり、1か月から2か月苦闘をする。多大な時間と実験用インクを損失する。(SC-PX5V2ならばインクカートリッジ1本が2,546円で9本一組のため22,914円に影響がでる。)
分析上は明らかに、誰かが🖨の(私の)インクを管理保存の悪いインクと交換したとしか思えない。即ち、自然被害ではなく、外部からの犯罪被害である。

ちなみに、この件で🖨(プロ用プリンター)PX-G5300の方はお陀仏の可能性が高い。
何故斯様(かよう)な危害を…と…怒っていた。
ある日、就寝中に催眠が種明かしをした(催眠故に真偽不明である)。
2009年11月結婚式撮影で裏の汚れた写真を渡しただろう、と。
その実態解明のため延々と🤡の🖨(PX5V2)を含むプリンター数台にインク詰まりなどの細工をしたとのことである。


(結論)写真裏に汚れがつきだした場合
①α)染料のコンシューマー向けプリンターで、同現象が起こった場合には、β)コピー用紙数回通せば、コピー用紙にγ)文字印刷ならば数日で問題がなくなる場合が多い。

②だが、α)顔料のプロ用プリンターで、同現象が起こった場合には、β)コピー用紙を数回通しても、γ)コピー用紙への文字印刷ならば問題がなくなる可能性もあるが、β)写真用の厚い用紙ならば(上から押さえつけるため)、更にγ写真印刷(相当時間がかかるため)、数週間程度被害(裏の汚れ…)が続く場合もある。
プリンタが新しい場合には期間は短くなる。しかし、プリンターが購入してから期間が経っている場合(古いプリンターの場合)には更に長引き一か月近くかかる場合もある。

③更に、プリンタの裏にインクがつく原因が特定できれば良いが、そうでない場合には復旧時間は未定である。
2009年の際には、私が寝ている間にプリンタに小細工をした疑惑があり、原因不明の裏へのインク付きである。また、プリント時にremoteControlをされたとしか思えぬため、尚見積もり期間は長くなる。
プロ用の顔料プリンターが原因不明で裏にインクがつき始めたときには、回復の期間は厳密には未定である。時には修理の危険もある。

④なお、2010年1月2日、写真を🚹従兄弟Aの家で手渡すときに、「A4写真の裏に汚れがついている。つかない状態で渡すには1か月先になるかもしれない。どうしようか。今、渡そうか、一か月後に渡そうかと」打診をしている。
すると、🚹従兄弟が「タカちゃん、ありがとう、もういい。ありがとうな」ということで、写真の裏に汚れがついた状態で渡している。
要するに、決定はA家がしているのであり、後は嫁さん・子供さん・奥さんとで話し合うべき問題であり、私はA家の指示に従っただけであり無関係である。家族の問題でしかない。

⑤写真代金(film代金、現像代金、見本用同時プリント、更に、それをfilm Tiff ファイル1MB5~62MBの間のスキャニングし、多大な時間かけてレタッチ後に、プロ用プリンターのインク・用紙代金全て私持ち)で完全無料を口頭と文書で明記して渡している。
通常は不必要な場合には「気持ちだけでありがとう」と受取拒否か、商売ではなくプレゼントのため、単にお礼を言うだけが筋の問題である。結婚祝いは適切な額を別にお金で渡している。

⑥写真の裏は汚れぬ方が良いが、通常は余り問題はない。
メーカーは印画紙の裏にはメーカー名も膨大に印刷(例:Fujifilm…Epson)しており、ラボは裏に各種番号を汚いインクで印刷している(例[56]1127 0213 NNN-12 時には〈No 13〉などの番号も印刷されている)。更に個人で写真の裏に備忘録として、撮影年月日や被写体のdataなどを各種✒ペンで自筆で書く人も多い。

裏に汚れがあっても、アルバムにはっても、額物にいれても、裏は見えないため誰も無視をしている。写真ファルダーに整理する場合には面と裏に別の写真をいれるか、そうではないときにはA4で1枚50銭程度の用紙を裏に挟めばそれで裏の汚れは見えない。表は米粒一つの汚れでも、私などは気になるが、表と裏は別である。
パスポートの写真でも表は細かい規定があるが、裏はほとんど規定はないはずである。

⑦なお、作成に疑問があれば、斯様に長期に私に被害を加えるのではなく、直に聞いてほしい。可能な限り文書が望ましいが、最低でも口頭で直に聞いてほしい。できる限り、村の忘年会などの場でみんながいる前で聞けば更に何人にも解説せずに済む。

⑧2009年11月結婚式撮影では、誰かが、計画的にその写真を失敗させるという工作が幾重(いくえ)にもなされていた。
a)2009年11月事前チェックのときにはカメラF401Xが故障。
b)当日撮影時にはリモートコントロール類でオートフォーカスロックがきかねい。
c)同上操作(誰かによるリモートコントローか何か)でストロボの誤作動が連続したためNIkon SB-28(メーカー希望小売価格、税別で50000円)というプロ用ストロボが故障となる。

SB-28

d)撮影時には、シャッターチャンス時は全てに近く、私がトイレに行った時を狙うとか、計算して、撮影が困難な状況を作られていた。
e)現像物を見ると、他人撮影の写真が私のfilmに紛れ込むという屈辱かつ刑事犯罪被害を受けている。実証可能。
f)プリンターでの出力時は先の如くプリントに操作がなさ、何回か暴走その他の被害に遭っている。
g)私の作品群(写真でも・音楽でも・文書でも…全ての作品群)には世界が注目をしており、(長年目指していた起業を実施する場合には)浜田隆政ブランドはガタガタとなるという被害に遭っている(商売は信用が第一である。幾ら無料でも、人は作品として見るため、CMの逆で、評判ががた落ちとなる)。起業の話は後で。


⑨昨年(2021年)9月に、姉などが再度写真に絡めて画策か揉(も)めることを暗示していた。実際に、誰かが計画的に昨年秋から本年夏にかけて私のプリンタ攻撃と、その都度催眠解説を強いたのであろう。危害者は、昨年から本年までの一年間に、プリンタ問題やその独り言口頭解説に費やした私の人件費や、無駄となったインク代金を支払えとなる。

⑩写真に絡めた工作は用意周到に準備され、計画的になされた映画007工作類に該当する事件である。もし就寝中の私への催眠解説が事実ならば(写真の裏汚れ問題を解説させるためのトラブルが事実ならば)、誰がA家に依頼したのか、誰がA家に何を言ったのかいずれ、全員のいる前で聞きたいと思う。

⑪カメラ類は商売道具であり、公私混同を避けるため私的使用は原則拒否していた。1999年の村アルバムまでしか合意していない。後は催眠強制撮影である。

2005年🚺従兄弟の子結婚式撮影は出発前に一枚も撮らぬと日記に記載して行ったが、誰もいないときにここにきたというメモ代わりに一枚だけ該当ホテル界隈を写すと催眠状態となり、結婚式に撮りまくった謎がある。(第一、結婚式は母が参加し、私は不参加となっていた。直前に母が再入院したので、もはや料理の関係で無理な所を相談して急遽参加となった経緯がある。)

2009年別の🚹従兄弟の子供撮影時は「催眠」なる語を使用できない時期だったため、神戸の🚺従兄弟の子の結婚式からの帰路に🚹従兄弟の車で美作の我が家まで同乗させてもらったこともあり、「うちの子も撮って」と言われれば断れずに引き受けた。(内心は他の従兄弟の子の結婚式のときどうしようかという不安がよぎっていた)

今の如く、2009年に催眠なる語が使用できれば、「あれは(2005年従兄弟の子の結婚式)催眠撮影であった。今は催眠ない以上、公私の分離をしたいためお断りします」と明言していた。
ともかく、2010年には口頭・文書で村は一切撮らぬと宣言し、催眠もようやくやみ、実験(📅カレンダーや電信柱)撮影以外では撮っていない。例外はレンズ・カメラ実験や不調の際に何が問題かの調査をかねて我が家の庭などに限定したもののみである。
ちなみに、私は1999年位田アルバム終了後に、母との約束を果たしたので村はもう撮らないと宣言をしていたが、何度も執拗な催眠で2009年まで断片的に撮らされていた。それでも2010年以降は実験以外では撮っていないはずである。どうして一枚も撮らなくなって10年以上経ってから、村人が私の写真の件で騒ぐのであろうか。誰かのデマ以外は考えられない。


なお、デマには三つのタイプがあると分析している。
Aグループ(確信犯型嘘)→母・姉・🚹従兄弟のA…
母は母の姉妹に嘘を、姉は神戸の🚺従兄弟に嘘を、Aは嫁さん及び組合のメンバーに嘘を。

Xグループ等(007型工作類)若しくは途中から官僚類→計画的に🤡を罠にかけるための工作のための嘘類(実証できれば刑事犯罪:名誉毀損罪・誣告罪…)となり刑事罰が適用されるであろう(皆様の協力を。私は刑事告発する意思は終始一貫してあります)。誰か何を言ったか、可能時には特定作業を開始するつもりでいる。

Bグループ(近所で何等かの悪意かおもしろがって嘘を飛ばし回っている人物群)

以上までが当初の記述予定内容




(2022/09/02 & 09/03追記)突如の追記のため、必要と判断すれば後日、大きく直して、正式に独立掲載検討。


カメラは本来、当初は教材を含む出版、次に起業・開業等仕事のために開始したものである。
本来は2015年に起業・開業を目安として目指していたが、想像を絶する妨害に遭(あ)い延期し続けている。だが、このままでは資産の枯渇は時間の問題となっており、今、最後の最後の起業・開業を考えており、村の皆様には妨害になることは遠慮願う。
私の年金は国民年金だけに等しく、年に70万円程度である。火災保険(JA共済とノウサイ)合計?円、(病気のためやめられぬ)生命保険10数万円、持病の医療費年10万円以上、固定資産税9万円…で風前の灯火(ともしび)となっている。

当初、計算したよりも、老後破綻到来が辛うじて長引いているのは、当初予定の起業・開業のための投資を相当中止したからである。その代わり、起業・開業の成功率は低くなっている。
それらの事情は『日本のフィクサーME・パート3』第2章で徐々に記す。予定では来週から同原稿を再開する。

村の皆様に事情を解説しなかったのは解説すれば激しい営業妨害に遭(あ)うからである。妨害のひどさ(各種ハッカー攻撃、各種挑発、偽者の横行…、催眠攻撃…その他膨大)も、『同上』原稿で紹介する。営業妨害される理由は何度考えても心当たりはない。しかし、想像を絶する妨害を1986年頃から一貫して受け続けていることは事実である。

もし、妨害が一切なく、村のトラブルもなければ、今頃はインタネット活用したことからの収入と国民年金の両方で通常の生活は確保され、死ぬまで生存は確保されたであろう。なお、人が注目するのは私の原稿が一番、次に相当遅れて音楽、写真は村と親戚以外の注目度は低い。アクセス最高数は写真は原稿の百分の一以下である。
しかし、原稿に挿入するために止(や)むなく(人口が一定数以上いる地域を限定にCMを兼ねて)写真を撮っているのであり、原稿と無関係な写真は道楽であり、実験以外は撮らぬ方針を2010年以降徹底している。しかし、時折、催眠で今尚、今度は村以外で被害に遭(あ)っている。



なお、村や組合の中で特に何かあった家(1~3件)に限定で、誰かが何かをするのは問題は余りない{私の場合は渡したのは、撮った写真を何度も我が家の台所などで見られたU家、それを聞いて…としたZ家である。また1999年村アルバム作成時に催眠で撮ったK家の子3枚[K家のお子さんは昔家庭教師をさせていただいた教え子該当であるが、本質は催眠であった]がある}。だが、社会通念上、本来は1~2軒ならば、特別事情で問題はない。H1家がH2家だけに何かをしても人は当たり前と思うのと同様である。

しかし、組合12軒中で10軒や11軒のみに何かをして、一軒や二軒だけしないのは問題が多い。その危険もあり、私は1999年村アルバム時に撮った家や子供…にも、写真は原則として渡していない。

 それでは残りの家も撮ればと言っても一朝一夕では無理である。逆に、嫌がらせ写真贈呈と勘違いされる(本来撮影期間と撮影枚数は人が想像つかぬ膨大な数となるものである)。本格的には村アルバムが1999年に終了(1994年~1999年にかけて撮影)した以上無理である。更に、私の写真撮影型は不審人物とか悪戯(いたずら)をしているとの誤解を招く危険もある撮影の仕方である。幼小の頃から知り合いならば不審人物扱いの危険は減るが、そうでない人は誤解をする。プロ類が見れば意味は分かるが普通の人では意味が分からず、様々な誤解を招くだけである。

 和霊様の時の子供の家、鯉幟と子供の家、押し車の子供と家の人、…その他家の写真も(我が家の台所か何かで突如見られて…のU家、それを聞いて…のZ家以外は)全部渡していない。それどころか親戚のボスと孫の写真も一枚も渡していない。また、近所の叔母にも生前は一枚も渡していない。

 なお、私の場合にはここだけの話(Between you and me)も通用しない人間となっているため、特定の家1~2軒限定も中止を1999年宣言、催眠で妨害されたが、2010年からは催眠も手を出さなくなり、2010年からは完璧に実施中である。よって、2010年以降の写真トラブル・挑発類は完璧なデマが原因でしかない。


 また、誰でも御存知のように、人から物を貰うとお返しが大変である。親戚から梨やぶどうを贈ってくれば、(私の母のごとく)喜んでお返しをしたい人間には有り難いと思うであろうが、金欠の私などには、お返しに何かを贈らねばならないと厄介(やっかい)というよりも大変なものである。

やむを得ぬ事情で渡した親戚及び近所の一部でも、「御礼お断り」と明言していても、「母の香典」が通常相場の3倍とか、何度も断っても宴会をするので来てくれとか、お孫さんがChristmasかハロウィーンか忘れたが、その都度何かを作って持ってきたりとか、皆様承知の「お年玉の話」とか…となる。だが、香典と写真は違うので、相手の方が亡くなれば、私も相場の三倍の香典をつつみ、自転車で遠方までいく羽目となる。

その上、これらが人間関係を悪化させている。お年玉(1万円)の話を考えれば分かるように、「御礼お断り」(U家には1995年頃亡き小母さんにU家の庭で明言)でも名目を変えての御礼と解釈され、Xか官僚が絡んでいる以上それが風評被害とトラブルの温床となり、お年玉の件一つで24年尾を引いている。そこで、撮った写真を渡すとは相手の家と絶縁に近い状態になることを、私の場合には意味していた。それらが渡さぬ別の理由でもある。

そこで、公私分離のみならず、対人関係を維持するため、村撮影はしないことを2010年から徹底している(公言は1999年だったが催眠で潰された)。
しかし本質は、公私(仕事とプライベートの)分離である篠山紀信氏は「徹子の部屋」で自分の子供の写真は一枚も撮らぬと言っていた。

最後に、私の場合には奥が深い問題があるようであり、デマ謀略部隊と私の営業・仕事妨害部隊が存在している。誰か、何の目的かは何年、何十年かけても不明である。ちなみに、Z家の息子Z3氏に住所問題を言ったときに、彼が「思ったよりも根が深い」(2013年のZ3氏の我が家庭での言動)と、当時意味不明なことを言っていた。意味不明であるが、私も徐々に根が深いと感じざるを得なくなっている。

よって、この深い根の上で、写真問題、それ以上に執拗な営業妨害・起業・開業妨害…その他が起こっている。私の想像を超える根のようであり、未だに全貌(ぜんぼう)解明はできていない。被害の心当たりがないことだけが事実である。